井上夢人『オルファクトグラム』 ★★★☆
オルファクトグラム
井上 夢人
鋭敏な鼻を持つっていうのは、ただ単に香水の成分が嗅ぎ分けられるとか、一ヶ月も前に部屋を訪ねてきた人をその匂いでみつけだすことができるとか、そんなものじゃないんだ。世界が違うんだよ。イヌはね、あんたたちとはまるっきり違う世界を見ているんだ。
この読みやすさには敬意を表したい。『プラスチック』もだったけど、それ以上のリーダビリティ。ページ数は殊能の『美濃牛』と大して変わらないのに、費やした時間は三分の二くらいだったのでは。どんなに本を読む気がない時でも、彼の本なら漫画感覚で読めそう。おそろしや。
ぼく・片桐稔は、ある日、姉の家で何者かに頭を殴られ、一ヶ月間意識不明に陥る。目覚めたぼくは、姉があの日殺されたと知らされ、そして、鼻から「匂い」を失った代わりに、とてつもない嗅覚を宿すことになったのだが……。(Amazon)
イヌより優れた嗅覚を持つ事になった稔。彼の匂いの感じ方を一度体験してみたいものだ。クラゲが浮いているみたいだなんて……。私は一体どんなクラゲなんでしょうね。変な色だったらやだな(笑)実際イヌがこんな風に匂いをみている、なんてことはないのではと思うものの、人間には絶対に分からない感覚だからそうとも言い切れないな。
彼が友達を探す過程において、大学で幾つも実験したりと専門用語も沢山飛び出すのだがやっぱり分かりやすい。きちんと説明してくれるからね。それ以外では分かりにくいところなんて出てこない。話の筋も然り。
そんなわけで物語の先を見通すことは難しくない。何となく思い描いていたラストでした。でも、重要なのはここなんだけど、面白いんだわ。読みやすいだけでなく、面白い。
図書館で見かける度に、分厚いからとやめていた自分が可笑しいよ。
稔の姉を殺した猟奇殺人者、「彼」に点が振ってあったからこりゃーもしや彼女? と訝しんでみたものの、呆気なく男でした。くそー。これも、タイトルで見事に騙くらかしてくれた某作家の所為だわ。そんなに捻る必要はなかったみたい。もっといい頭脳をお持ちかと思いきやあっさり捕まっちゃった。つまらん。
いや、これは稔とマミの恋愛小説と取ってもいいんだから、そんな無粋なこと言ってはいけないか。ハッピーエンドでめでたしめでたし。失明はしちゃったけど、働かないで生きていけるんだから、ラッキーだわね。