Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

伊坂幸太郎『魔王』  ★★★★☆

魔王
魔王
伊坂 幸太郎

「でもよ、この道をあと何年進もうと、格好いい大人には辿り着かない気がするんだ」

「『でたらめでもいいから、自分の考えを信じて、対決していけば』」
「いけば?」
「そうすりゃ、世界が変わる。兄貴はそう言っていた」潤也君は起きながらにして、寝言を口にするかのようだった。「兄貴はそう言っていたんだ」


 伊坂への贔屓目もあるけど、いい小説だと思った。
 十月に出て、予約して、やっと届いた。買えばいいんだけど学生は貧乏なんです……『死神の制度』は買いましたけど。もう『砂漠』出てるしねー。来年出るのも決まってるし(タイトル忘れたけど五月くらいじゃなかったか)。伊坂さんが最近頑張ってて嬉しい。
 魔王:考えろ考えろ、昔のテレビのヒーローの台詞が口癖のようになっている安藤。犬養という政治家がファシズムを再興するのではないか、そんなことを考えていた彼が、自分が思っていることを人に喋らせる能力を身に付けたことを自覚し……。
 呼吸:あれから五年、詩織と潤也は結婚し、あらゆるメディアから目を逸らして世間知らずな生活を送っていた。いつのまにか未来党は与党になり、犬飼は首相に。ある日二人は、潤也がじゃんけんで絶対負けないことに気づく。
 こういうのも書くんだなあ! 最近ミステリ色は薄くなってきた。沢山引き出しがあるんですね。政治と大衆について、興味深い意見が伺えた。これを読んで感動しちゃった私はきっと鵜呑みにしちゃうんだろうけど、でもそれじゃ駄目なのよね。考えなくてはいけないんだろうね。お兄さんがあんだけ考えろ、って連呼していたし。そうそう、私は『鴨とアヒル~』の女の子にあまり魅力を感じなかったし、今までの著作で女性視点ってのはほとんどなかったんだけど、今回の詩織ちゃんは可愛くて好き。なので詩織ちゃん視点で安藤を呼んでしまう。
 今までの読後感とは全然違う。でも、伊坂の会話の軽妙さはもちろん、文章が本当に伊坂(笑)登場人物も環境問題を考えていたり。アメリカは二酸化炭素削減に協力すべきだろ! 人<ジャングルに生きる蟻、のスタンスは変わらず。私はまったく同じ意見です。読んでいて気持ちいいよ。他にも、あの人が出てきたり、カクテルの名前があれだったり、ファンとしてはおいしい一冊でもありました。いつもリンクは作ってるみたいだけどさ。
 『重力ピエロ』の泉水と春のように、本書も兄弟がメインキャラクター。伊坂が書く兄弟は調度いい距離を保っていて、お互いを好きあっているのが伝わってきて、微笑ましい。男兄弟ってああなの? あそこまで爽やか? 違うよね? 私には二つ下の弟がいるけれど、年をとればもう少しいい間柄になれるのかしら。
 潤也が兄の言葉を引用するのが好きな詩織ちゃんってすごいよね。普通自分の夫がそんなにブラコンめいていたらちょっとは嫌になりそうなところをさ、暖かく見守ってあげられるんだもん。三人での思い出が多かった証拠でもあるけど。
 これから日本が憲法改正するのか、アメリカに強硬姿勢をとれるのか、景気が回復するのか、さっぱり見通しがたってないようだけど、犬養みたいな政治家は果たして出てくるのか。ファシズムは悪、と一概には言えないなあ。どこかの国でも、厳しい独裁制を行いながらも景気を回復させたので国民の支持率が高く、連続当選したって話があったよね、最近。

 

「なあ、世界、とか、未来、とかって死語なのか?」


 この台詞を言わせる伊坂ってすごくない!? 私は結構感動してしまったんだけど。死語なのかなあ。