Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

坂木司『青空の卵』  ★★★☆

青空の卵
青空の卵
坂木 司

 誰も彼を欲しがらなかった。僕以外は。

 だから彼は自分から身をひくようになった。
 どうせ必要とされないのならと。
 彼の部屋のドアを叩き続ける僕以外から。(夏の終わりの三重奏)


 おっと! これは……すごいですね(笑)友達にヤバイから読んでみ! と言われたんだけど、本当にヤバかった。噴出したし顔がにやけてしまった。男性が読んでどう思うのかが非常に気になる。Amazonのレビューで「気持ち悪い」という意見もあったが、もっともだと思う。女の私から見ても相当だったもの。こういうの大好きですけれど。鳥井って、ツンデレ……。
 僕は坂木司外資系の保険会社に勤務している。友人の鳥井真一はひきこもりだ。プログラマーを職とし、料理が得意で、口にするものは何でも自分で作ってしまう―それもプロ顔負けの包丁さばきで。要するに外界との接触を絶って暮らしている鳥井を、なんとか社会に引っ張り出したい、と僕は日夜奮闘している。そんな僕が街で出合った気になること、不思議なことを鳥井の許に持ち込み、その並外れた観察眼と推理力によって縺れた糸を解きほぐしてもらうたびに、友人の世界は少しずつ、でも確実に外に向かって広がっていくのだった……!?(Amazon
 そんな感じの連作短篇集。ひきこもり探偵と日常の謎。ワトソン役は人のいいサラリーマン。夏から翌年の夏へと、季節は巡る。一年経って、ひきこもりの鳥井は一皮むけ、温かな気持ちで読み終わることができた。
 夏の終わりの三重奏:最近、女性の浮気性ストーカーが現れるらしい。そんなある日、二人はスーパーに食料の買出しに来た。女性が商品の下敷きになるところを間一髪で救った坂木だが、彼女はぴりぴりと怒ったまま去っていった。しかし、次に会った時、彼女・巣田は愛想がよくなっていて……。
 秋の足音:駅で、視覚障害者・塚田の手助けをした坂木。別の日に公園で遭遇すると、彼は「双子が毎日順番に後をつけている」と言い出した。坂木と鳥井は尾行者の尾行を試みる。
 冬の贈りもの:歌舞伎の女形・安藤から、芝居に招待された二人。楽屋へ行くと、安藤は近頃おかしなプレゼントをもらったのだという。それは亀の剥製。後日手紙が届き、一件落着したかに見えたがプレゼントはまだ続いて……。
 春の子供:坂木は駅で長い間つっ立っていた子供を保護した。名前はまりお。しかし、言葉が不自由らしく、なかなかコミュニケーションが取れない。まりおが持っていた紙に記された住所には人がおらず、坂木はひとまず鳥井のアパートへと連れて行くことに。
 初夏のひよこ:二人は中川丈太郎・とし子夫妻の家庭料理屋に赴いた。
 友達も言ってたんだけど、結構暗いよね(笑)日常の嫌なところを抽出しました、ってか。女性問題、障害者問題、家庭不和、国を跨いだ子育て……社会派だ。坂木の鳥井に対する気持ちも、背徳感というか、弱みに付け込んだ弱みがあって。お、重いぞ。一話ごとにハッピーなエンドが待っているにしても。私が一番好きだったのは「秋の足音」ですが。倒錯的な愛情がいいね。
 ひきこもりの鳥井の料理の腕は抜群で、読んでいると腹が減る。特に飲みたいのが濃いミルクティー……! 読書中はお茶が欲しくなるわ。
 巻末の対談からも窺えるが、作者はどうも女性のようだ。女性にしか書けないとは思うけど。男性が書いたとなったらそれはそれで面白いことになったわね。火村や御手洗にまで言及していて、有栖川は狙っていたのか……と今更ながら気づくのであった。確かにミステリにおいて普通のお葬式って珍しいなあ。次は『仔羊の巣』ですね。

 

 鳥井は母に捨てられ、父とはうまくわかりあえず、祖母には母の悪口を吹き込まれて育った。でもっていじめられるようになった鳥居に、親友になりたいと持ちかけた坂木。彼らは卒業も就職も何のその、ずっと相互依存的な関係を続けている。鳥井は坂木が傷ついたり二人の関係を上手に結べなくなると、一瞬で子供に戻り、あわてふためく。坂木が泣いた日にはもう大変。「なぁ、劇が悲しいから、坂木も悲しくなっちゃったんだよな? 俺は悪いことして、おまえを泣かせてないよな? あんまり悲しいなら、ここを出ようぜ?」そんな鳥井のために、坂木は彼の目に恥じない行動をとり、強くあろうとする。
 ひきこもりの鳥井を外に連れ出そうとしているけれど、心の奥では鳥井が離れていくのを嫌だと思う坂木。自分じゃなくても鳥井はやっていける、それが寂しい。……すげえなこの二人。
 特に「春の子供」は激しいです。

 鳥井のまっすぐな瞳が、僕の背筋をのばしてくれる。
 鳥井がいなかったら、僕はきちんと歩けない。

「恐かった、苦しかった、寂しかった! どうして来てくれなかったんだよ? どうしてひとりにしたんだよ? おれが悪いの? おれが悪いなら、あやまるから! もう二度とひとりにはなりたくない! ずっとずっと、そばにいてくれなきゃ、いやだ!」


「秋の足音」における塚田と安藤の関係もすさまじい。安藤は塚田に片思いしていて、彼が事故を起こせば一生の借りができると考え、口車に乗ったふりをしてバイクを購入。まんまと事故はおこり、塚田は視力を失い安藤は生殖機能を失った。二人は一時断絶してたけど、坂木と鳥井が介入したことで美しい友情を取り戻し……たかに見えます。
 しかし鳥井がいうようにこれは物騒な恋愛話であり、二人は恋人同士も同然。これから一生をともにするんだものね。安藤は生殖機能がないこともあり、きっと結婚はせずに安藤に寄り添う。そんな安藤を見てたら、きっと塚田は結婚できない。ひー恐ろしくも美しい愛情かな。
 それにしても、いきなり視力を失うってのは残酷だわ。私はまず本が読めない! と思うけど、坂木が言うように一生頭を下げて暮らさなくてはならないなんて。生理学の先生曰く、視力よりも聴力を失ったほうが生活に支障が出るらしいが(聴力は記憶と深く関わっているため)、やっぱり視力を失う方が私は怖いな。

 否応なく人に頭を下げ続けなければならない。そういう生活になるのだ。その中でプライドを保ち続けることが、いかに大変なことか。卑屈にならずに、自分の人生を渡ってゆくことがいかに困難なことか。