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Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

横光利一『夜の靴・微笑』  ★★★★

国内文学
夜の靴・微笑
夜の靴・微笑
横光 利一
 米は勿論、味噌も醤油も金銭では買えない。それにも拘わらず、ほそぼそながら一家四人が野菜を喰べていられるというのは、不意に近所から貰ったり、清江が知っていて、そっと私たちにくれるからである。妻は毎日あちらに礼をいい、こちらに礼をのべ、ひそかに私が聞いていると、一日中礼ばかり云っている。あんなに礼ばかり云っていては、心の在りかが無くなって、却って自分を苦しめることになるだろう。実際、物乞いのようにただ乞わないだけのことで、事実は貰った物で食っている生活である。人の親切は有難いが、これが続けばそれを予想し、心は腐ってくるものだ。
「ほんとにお金で買えれば、どんなに良いかしら。あたし、お礼をいうのにもう疲れたわ。」と、ある日も妻は私に歎息した。
 物をくれるのに別に人情を押しつけて来るのではない。ただ自然な美しさでくれるのだが、それなればこそ一層私たちは困るのだ。一度頭を昂然とあげて歩きたい。(夜の靴)

 栖方は黙ったまま笑った。ぱッと音立てて朝開く花の割れ咲くような笑顔だった。赤児が初めて笑い出す靨(えくぼ)のような、消えやすい笑いだ。この少年が博士になったとは、どう思ってみても梶には頷けないことだったが、笑顔に顕れてかき消える瞬間の美しさは、その他の疑いなどどうでも良くなる、真似手のない無邪気な笑顔だった。(微笑)

 「『微笑』っていう短編がすごくいいから読んでみなよ!」と友達にプッシュされて借りた。その通りいい短編でした。微笑を読んでから夜の靴に行ったんだけど、これもまた示唆に富んだ日記文でして。
 戦時下、畢生の大作『旅愁』を書いて東北地方の僻村に疎開していた横光利一は、そこで日本の敗戦を知る。国敗れた山河を叙し、身辺を語り、困難な己れの精神の再生を祈念しつつ綴った日記体長篇小説『夜の靴』。数学の天才の一青年に静かな共感をよせる『微笑』。時代と誠実に格闘しつつ逝った横光利一最晩年の2篇。(裏表紙)
 「夜の靴」は、戦争の終わる頃、作者が疎開先の山形県の農家で残した記録らしい。繰り返し、米の大切さ、米=神だということが書いてある。いやもう本当に。農家だから米と無縁でいられるはずがないんだけど、私たちの基本は米だなあと。米があれば何とか生きていけそうじゃないか。米がなくなったらこの国立ち行かないんじゃないか。
 この物不足、『痴人の愛』で描かれた大正時代と比べると、すごい差。大正時代は浮かれてたんだろうか?笑 第二次大戦後、日本はがむしゃらに頑張って経済大国日本の座を手に入れましたが、未だに米の自給率だけは高くて何だか微笑ましいです。私は米の話ばっかりしてるけど、一度は読んで欲しい文章だったよ。今まで信じていたものがガラガラと音を立てて崩れていく、日本にとっての終戦はそんなものだったのではないかと。
 「微笑」は読後しみじみ哀しくなった。感想が言葉に表せない……! 栖方の笑う描写はね、実際にぱッと花が咲いたように、「見える」んですよ。友達はこれでレポートを書いたそうです。よ、読みたい。
 巻末の川端康成から贈られた文章が、熱い。熱すぎる。文豪同士の書簡とかのやりとりは熱い、とは聞いたことがあったんだけど、いや、本当に熱いんですね。愛があるよ。