Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

川上弘美『センセイの鞄』  ★★★☆

センセイの鞄
センセイの鞄
川上 弘美

 センセイ、とわたしは言った。ため息のような声で。
 ツキコさん、とセンセイは答えた。非常に明晰な、センセイじみた声で。

「センセイ、センセイが今すぐ死んじゃっても、わたし、いいんです。我慢します」そう言いながら、わたしはセンセイの胸に顔を押し付けた。
「今すぐは、死にませんよ」センセイはわたしを抱き寄せたまま、答える。


 五分の四くらいまで進んだ時点では、星二つ半にしようとしていたけれど、最後まで読んだらやっぱりやられた。『幸福な食卓』に続いて、私はこの手の話に弱すぎる。母親の手前涙は出なかったものの一人だったら絶対泣いてた。涙腺ユルいなあ。
 正式には松本春綱先生であるが、センセイ、とわたし(ツキコ)は呼ぶ。高校の国語教師だったセンセイとわたしが、駅前の飲み屋で隣り合わせてから過ごした、あわあわと、色濃く流れ行く日々。
 ツキコさんは38歳。センセイは七十代。アマゾンの紹介文にもあるとおり、この年齢差がありながら恋愛に結びつくなんて、十代の私には信じがたい。しかし、どこまで純粋かは知らないが、世の中では時たまそんな歳の差カップルが生まれている。そういうものらしい。
 センセイは昔ながらの古風な人。そのうちツキコがセンセイの言動を予想できるようになってしまうくらい。ツキコは甘え下手で、大人になっても子供みたい。センセイはだだっ子だと言いながら、度々彼女の頭を撫ぜる。二人は適度な距離を保っていたけれど、ツキコが一歩踏み込んで――。
 ほんと、綺麗な日本語を使うなあ川上弘美。センセイの丁寧な喋り方、格好いい。擬音も温かみがある。「ほとほと」って扉を叩くんだよ。とても思いつかないよ。そして食べ物おいしそう。お酒とおつまみがほしくなるね(弱いのに)。
 全編通して穏やかであったかい、大人の恋愛小説。大人なんだけど、かわいい。拗ねてみせるツキコとか、戸惑うセンセイとか。気持ちが優しくなれる。あ、ツキコって月子なのよね。それ以外にないけど、頭の中で漢字に変換できなかったわ。
 小泉今日子で実写化されてるらしい。イメージと違うなあ。 

 

「ワタクシと、恋愛を前提としたおつきあいをして、いただけますでしょうか」


 ……ツキコならずともなんなんですか、と詰め寄りたくなっちゃう。センセイ最高です。
 最後には死んでしまうセンセイ。ラスト二ページでは、飽和状態になった何かが溢れてきた。ツキコの呼びかけが切ない。四十歳の差は、大きい。