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続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

谷崎潤一郎『痴人の愛』  ★★★★☆

痴人の愛
痴人の愛
谷崎 潤一郎
私のナオミを恋うる心は加速度を以て進みました。(中略)「馬鹿!」と云いながら自分で自分の頭を打ったり、空家のように森閑としたアトリエの壁に向かいながら「ナオミ、ナオミ」と叫んでみたり、果ては彼女の名前を呼び続けつつ床にこ額を擦りつけたりしました。もうどうしても、どうあろうとも彼女を引き戻さなければならない。己は絶対無条件で彼女の前に降伏する。彼女の云うところ、欲するところ、統べてに己は服従する。

 谷崎初読み(文学はほとんどそうだけど)。やはり名高いだけあって面白かった! ナオミは日本におけるファム・ファタールですね。『源氏物語』の紫の上や、『ロリータ』を髣髴とさせる。レポートの時これでやればよかったな。以下有名な作品なのでネタバレを含みます。ネタバレというか、あらすじの通りなんだけど。
 生真面目なサラリー・マンの河合譲治は、カフェで見初めた美少女ナオミを自分好みの女性に育て上げ妻にする。成熟するにつれ妖艶さを増すナオミの回りには、いつしか男友達が群がり、やがて譲治もこ魅惑的なナオミの肉体に翻弄され、身を滅ぼしていく。大正末期の性的に解放された風潮を背景に描く傑作。知性も性に対する倫理観もない“ナオミ”は、日本の妖婦の代名詞となった。(裏表紙)
 ずぶずぶとナオミに溺れ行く様が、譲治の独白の形で語られる。はじめはかわいらしい少女だったナオミも、甘やかされて育っていくにつれ生意気で我侭で頑なになり、その反面女としての魅力は増していく。譲治はもう駄目(笑)ナオミの虜ですよ。
 私は女性だから、多分大抵の女性はそうだと思うけど、ナオミには反感を持ち、譲治に毅然とした態度を望みながら読んでいくわけ。この世の中をなめきったコムスメが~!(人の事は言えないけど)と。贅沢も男遊びも好き勝手して、ひどい綽名をつけられて、一時は譲治にまで見捨てられて。譲治が追い出したときは喝采を叫びましたよ! でもやっぱ駄目なんだな。ナオミなしでは生きていけない体になってるの。
 痴人という言葉を私は頭に生涯がある人のことだと思っていたので(辞書で調べたら「理性のない者。愚か者。痴(し)れ者。」とありました)、山岸涼子「日出づる処の天子」の終盤に出てきたような子と天子、みたいな愛を想像してた。わかりにくい例えでごめんなさい!笑 そんな生易しいものではなく、ナオミはまさに悪女でした。でも、何されてもいいと思えるまでに溺れられる相手がいるってのは、ある種の幸せなのかも。
 作者の西欧への憧憬が強くて、堂々とした西欧女性こそよし、という主張は受け容れがたかったなあ。私もそう思ってたので尚更。今はその反動から日本マンセーになっちゃったけど(笑)谷崎はその後関西の女性にエキゾチシズムを見出すようになるらしい。脚フェチ谷崎。エロティシズム。