Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』  ★★★★☆

不思議な予知能力をもつ美少女クラーラは、緑の髪をなびかせ人魚のように美しい姉ローサが毒殺され、その屍が密かに解剖されるのを目の当たりにしてから誰とも口をきかなくなる。9年の沈黙の後、クラーラは姉の婚約者と結婚。精霊たちが見守る館で始まった一族の物語は、やがて、身分ちがいの恋に引き裂かれるクラーラの娘ブランカ、恐怖政治下に生きる孫娘アルバへと引き継がれていく。アルバが血にまみれた不幸な時代を生きのびられたのは、祖母クラーラが残したノートのおかげだった―幻想と現実の間を自在に行き来しながら圧倒的な語りの力で紡がれ、ガルシア=マルケス百年の孤独』と並び称されるラテンアメリカ文学の傑作。軍事クーデターによって暗殺されたアジェンデ大統領の姪が、軍政下で迫害にあいながらも、祖国への愛と共感をこめて描き上げた衝撃のデビュー作。(Amazon

 これはまったくガルシア=マルケスとは別のものだね。前半部は正直どう見てもガルシア=マルケスの語り口なんだけど、現代に近づくにつれてマジカルの色合いよりもリアルが濃くなっていき、最後は壮絶だった。例によって池澤夏樹の小冊子を先に読んで最後のネタバレを知ってからの読書だったけど(頼むからネタバレを含むものは但し書きしてくれとかつてのミステリ好きとして言いたい)。

(中略)真実に目をつむり、自分たちはごくふつうの生活をしているという幻想に取りつかれている人たちや自分たちが幸せな生活を送っているすぐそばで、暗い世界に閉じ込められからくも生き延びているか死んでゆく人たちがいるという証拠が山ほどあるのに、それを無視し、自分の生きている世界が嘆きの海に漂っているはかない小舟のようなものだということをどうしても認めようとしない人たちがいるけど、その人たちの一見平穏で落ち着いた暮らしと平行して恐ろしいことが行われていることを世間の人に知らせてあげなさいと言った。(P543)

 読む価値のある本だった。本当に。厚さにひるむかもしれないけど、文体は平易で『百年の孤独』のような疲労はないので安心して読んでください。というか『百年の孤独』やバルガス=リョサ『都会と犬ども』よりよっぽど読みやすいよ。ラテンアメリカ文学長編入門に適してるよ。ただし別種の疲労はあります。でもこの三冊なら迷うこと無く『都会と犬ども』が一番好きだw

 当時の世界の中心であったヨーロッパ(のちに北アメリカも加わる)から遠く離れた南アメリカ大陸で、世界の中心の文化や出来事がどう流入してどう扱われるのか、そのあたりも大変面白い。海外文学を読むとなるとどうしてもヨーロッパと現代アメリカに偏りがちになるからね。ラテンアメリカ作家は大体亡命したり本を焚書されたりしているもので、だからこそ凄まじい話を書くんだろうが、こんな大変な思いをしないで済む世界ならその方がよかった、そう思いました。

「あなただけは母さんのように貧しい生活を送らせたくないの、それに自分を養ってくれる旦那様にしがみついて生きてほしくもないのよ」アルバが学校へ行くのが嫌だといってむずがると、ブランカはいつもそう言って聞かせた。(P398)

  この本は祖母クラーラ、母ブランカ、娘アルバの女性三代記なんだけど、クラーラの時代って男尊女卑が全面に出ているんですよ。ジェンダー的に引っかかる描写がたくさんある。これはラテンアメリカ文学だからしょうがないと思っていた(ラテンアメリカ諸国は比較的男女ジェンダーギャップが大きいと認識しています)。でもクラーラの母親ニベアが女性権利活動家だったり、ブランカが娘アルバにこう言い聞かせるシーンがあったりと、男女平等がまったく無視されているのではない。現実を描きながら、むしろフェミニズムは意識されていると感じる。女性作家だから描けるのだ、とはあまり言いたくないが、女性として生まれ育たないと分からないことはたくさんある(逆もしかりだろう)。

 ちなみにルシア=マルケスの翻訳なら本書と同じ木村榮一訳が好きで、この木村さんは『ラテンアメリカ十大小説』という素敵な案内書も出している好人物っぽい男性なのだけれど、解説の際に他の本のあらすじをまるっと書いてしまう欠点があるので、知らない人は気をつけてください。笑

 本書の解説にある「言葉に対する絶大な信頼」のくだり、小説愛好家としては非常に胸打たれるものでありました。詩がダメな時点で文学を勉強するつもりはないけれど、ラテンアメリカ文学を多読し、原文にあたれるようになりたいものです(何年前から言ってんの?)。文章によるフィクション表現を愛している人の言葉を読むと感動するよ。

 この本は『天使の運命』『セピア色の肖像写真』と三部作になっているとのことなので、日本に帰ったら読みたい。購入は値段的にためらってしまう……この本だけは買ったけど3000円越えだ……。

 

ラテンアメリカ十大小説 (岩波新書)

ラテンアメリカ十大小説 (岩波新書)

 ラテンアメリカ小説ブックガイドとしてはこれがお勧めだけど、読みたい本のあらすじは見ないようにしなきゃだめだぜ!! 

 下記は読んでる最中のメモやネタバレ。

 読み始めた瞬間にラテンアメリカ文学だ!!! と思い、私にとってのラテンアメリカ文学といえばガルシア=マルケスに他ならない(つーかまともに読んでいるのがそれしかない)のだが、アジェンテがマルケスと比較されすぎてうんざりしている様子が説に載っていた。アジェンテは批評家から女版ガルシア=マルケスだと言われることが非常に多いらしい。語り口が正にそれなんだよな。比べたくなるのは致し方ないような気がする(でもあんなもの真似しようと思って真似できるもんじゃないだろう……というのは狭い了見か)。

 アルバの指が拷問によって切り落とされたこと、直接的な描写は出てこないんだよね。地の文にも台詞にもない。指を送られたり、手を見たり、見せたりするだけ。饒舌になりがちな語り口の中で、そこを抑制しているのは計算か演出なのだろうな。