Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

浅田次郎『月島慕情』  ★★★★

月島慕情
月島慕情
浅田 次郎

 みんな、一緒に食べよう。少し冷めてしまったけれど、蜥蜴や蛆虫や、戦友の肉よりもずっとうまいぞ。そして腹が一杯になったら、今夜のうちに敵陣に斬りこんで、兵隊らしく死のうじゃないか。兵隊らしく、男らしく、人間らしく。(雪鰻)

「世間のせいにするな。他人のせいにするな。親のせいにするな」
 芋をかじりながら、俺はさからった。
「でも、おいらのせいじゃないよ」
「いいや、おまえのせいだ。男ならば、ぜんぶ自分のせいだ」(シューシャインボーイ)


 浅田次郎はさ、どうすれば人を泣かせられるかということに知悉しているよね。これでもかってばかりに泣くもん。ほとんどの短編で涙出したもん。この場面でこれを持ってくるなんてずるくないですか!? という気分になる(笑)うまいよねー。そういう技術を完璧に身につけちゃったんだろうな。泣きたい時にはもってこいだ。
 月島慕情:三十を過ぎた吉原の女郎・ミノにふってわいた“幸運”。自分にふさわしい幸せを見つけた彼女の人生の選択とは?
 供物:元夫が死んだと連絡を受け、初江は気が進まないながらも供物を持ってかつての住まいへと足を向ける。
 雪鰻:当直勤務をしていた私が、酔っぱらった三田村陸将に渡されたのは鰻だった。大好物らしいのだが、自分では絶対に食べないと言う。
 インセクト:地方から上京した悟は、大学がロックアウトされてしまってバイト三昧の日々を送る。アパートの隣に住む、夏子の娘・美鈴だけが東京での友達だ。
 冬の星座:解剖学の教授・雅子は、学生の太田とともに「おばあちゃん」の通夜に行くことに。人様の役に立ちたい、と言い続けていたおばあちゃんだったが……。
 めぐりあい:時枝は視力を失ったマッサージ師。深夜、旅館に呼ばれて赴くと、客はどこか覚えのある男性で……。
 シューシャインボーイ:銀行を辞め、社長のお抱え運転手となった塚田。社長の持ち馬が優勝した日、彼が車を向けてほしいといったのは靴磨きのためだった。
 昨日、人類学者のルース・ベネディクト菊と刀』という、日本人の文化についての本を読み終えたんだけど、恩や義理、忠や人情についても深く考察されていて。浅田次郎は歴史や任侠でもそうだけど、その手の日本的なものをうまく取り入れ読者に訴えてるなあと思った。元ヤクザだってんだから、染み付いた習性かもしれないけど、やっぱり日本人としてはくううう、となってしまうじゃないか。
 義理をはたすとか、恩を返すとか、忠誠を誓うとか、男だからとか、情けをかけるとか、親子の縁だとか……。新しい世代ではあるけれど、どんなものが美徳とされていたのかは、歴史などから窺い知ることができるしね。戦争物に滅法弱いこともあり、「雪鰻」はかなりきたね。駄目なんだ。あと「シューシャインボーイ」。あの〆方は反則でしょうよ。誰が泣かずにいられるっての?

 

「俺のこと、かんにんして下さい」
 それはないで、英ちゃん。おかあちゃんの言うてはったことが、今ようやくわかった。私の花瓶は小さすぎて、英ちゃんの花はおっきすぎた。それだけのことや。
「せやけど、これだけはわかって下さい。俺、ときちゃんのこと大好きや。ガキやさけ、いっぺんもよう言われへんかったけど、聞いてくれますか」
 瞼に掌を押し当てて、時枝は恋人の声を待った。
「愛してる。心の底からときちゃんを愛してる。愛してる。愛してる。愛してる」(めぐりあい)


 うわーん