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続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

江戸川乱歩『心理試験』  ★★★★

心理試験
心理試験
江戸川 乱歩

 難点は、いうまでもなく、いかにして刑罰をまぬがれるかということにあった。論理上の障害、すなわち、良心の呵責というようなことは、彼にはさして問題ではなかった。(心理試験)

 彼女は、彼女の夫をほんとうの生きたしかばねにしてしまいたかったのではないか。完全な肉ゴマに化してしまいたかったのではないか。(芋虫)


 乱歩すげえ! いやあ食わず嫌いだった自分を恥じています。現代小説ばっかり読んでないで、もっと読書の幅を広げていきたい。面白いものはいくらでも存在しているのだから。
 心理試験:蕗屋清一郎が下宿屋をいとなむ老婆を絞殺した。老婆がためていた大金をねらって……。容疑者として蕗屋の同級生斎藤勇があげられた。犯人として斎藤が確定したかと思われたが―。蕗屋は判事のおこなう心理試験にそなえ万全の応答を準備した。蕗屋の巧妙な策は成功したかとみえた最後の一瞬、そのまえに立ちふさがった名探偵!(カバー折り返し)
 二銭銅貨:さる電気工場で盗みをはたらいたどろぼうは逮捕されたのだが、金の在り処をどうしても吐かない。そのころ、松村武とわたしは窮乏のどん底にのたうちまわっていたのだが、タバコ屋のおつりだった二銭銅貨に松村は……。
 二廃人:廃人が二人、世間話をしていた。戦争で傷ついた体を見せながら話を終えた斉藤に、今度は井原がざんげ話をはじめる。井原は大学時代、夢遊病に悩まされていたのだが、意識がないうちにとうとう殺人を犯してしまったのだ。
 一枚の切符:博士令夫人が線路に飛び込み厭世自殺をした。しかし黒田という刑事は犯人は夫の博士であるという推理をし、博士を逮捕した。さらに左右田は、現場の石の下で見つけた切符を手がかりに博士の無罪を証明しようとする。
 百面相役者:書生時代、Rにつれられて劇場に赴き、『怪美人』という芝居を見た。座頭の百面相役者はあらゆる者に化ける完璧な変装術を習得していた。その帰り、Rは「首どろぼう」の記事を読ませるのだが……。
 石榴:刑事のわたしは、旅館で探偵小説好きの猪股と知り合った。猪股に風変わりな事件を話してほしいと言われ、被害者がザクロをはぜたような殺され方をした『硫酸殺人事件』を語りだす。
 芋虫:時子は夫と二人で暮らしている。夫は戦争から戻ってきた時、両手両足がなく、視覚と触覚以外の五官を失っていた。
 本書は『罪と罰』(4章まで読んで返してしまった)関連で借りてきたんだけど、心理試験はまさに罪と罰! ラスコーリニコフ! ここでも日本人の「罪」意識の欠落が描かれているように感じます。明智小五郎って格好いいね! 鮮やかなラスト。
 話の筋というか落とし方は全体的に似通っていた。言ってしまうとネタバレになるので口を噤みますが。鮮やか! としか言いようがない。ひらり、と事件がひっくりかえるんですね。
 この本で何よりも印象に残るのは、芋虫でしょう。狂気的な欲望も愛というオブラートに包めば美しく見えます。イメージカラーは闇の中の赤。嗜虐的な衝動。そしてあの手紙。収縮してぷつりと切れてしまったような結末。強烈な短編でした。

 

 二銭銅貨・百面相は仕掛け人が、二廃人・石榴は真犯人が自らの所業をばらしてしまうのです。またお前かーっ! みたいな(笑)特に石榴における人生の幕引きは鮮やか! いいねえ、この世に未練はないって死んでいけるなんて。
 一枚の切符はメルみたいな探偵役ですね。証拠を捏造したのか、発見したのか……真実ははたして? 面白かったです。