Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

沢村凛『カタブツ』  ★★★

カタブツ
カタブツ
沢村 凛

 亜子。
 あいつをあんまり待たせちゃいけない。
 ただでさえ孤独を感じやすいこんな夜に、ぼくの帰りを一人で待っている亜子を思うと、自分の幸福がひどく申し訳なく感じられて、ぼくは夜道を走り出した。(袋のカンガルー)

 そのとき、私にはわかった。今が私の「とっさの場合」なのだということが。(とっさの場合)


 下手なホラー(私はホラー読まないんですが言い回しとして)読むよりも背筋がぞっとしましたよ。薄ら寒い……。心温まる話ももちろん入っているんだけど、アンハッピーエンドの方が印象深いのはどうしてでしょう。でも面白かったんですよ!
 作者が「地味でまじめな人たちにスポットライトをあてたくて、出来上がった」本。まじめな人ってまっすぐなんですかね。自分の信念を貫くって言うと色んな人にあてはまると思うけど、その信念がまじめなのかしら。よくわからなくなってきた。私はたまにまじめと称されるときがあるけれど、大抵は勉強するだとか本を読んでいるだとかです。これって辞書にある「まじめ」の定義とは微妙に違うんだよね。いや、真剣ではありますが、真心はないというか。
 バクのみた夢:道雄と沙織里は、お互いの配偶者をあざむいて密会するのをやめるために、もう二度と会わないためには、どちらかが死ぬしかないと結論を出した。
 袋のカンガルー:亜子は恋愛相手の百パーセントを独占しないと気がすまない。手紙の代筆会社に勤めるぼくは交際相手の英恵に、やっかいな亜子のことを打ち明けようと思うのだが……。
 駅で待つ人:駅の改札口で待ち合わせをしている人を観察するのが好きなぼく。とある駅で、ぼくは、理想の“待っている人”を見つけた。
 とっさの場合:反射神経の鈍い私は、息子が死ぬ夢を見て以来、しばらくおさまっていた強迫神経症におそわれるようになった。とっさの場合に動けない自分が恐ろしくて。
 マリッジブルー・マリングレー:結婚相手の多栄子と、彼女の実家である福井の海岸を訪れた昌樹。はじめてくるはずなのに、見たことがある気がする。昌樹は、三年前に交通事故に遭い、約三日間の記憶を失くしたのだが……。
 無言電話の向こう側:いつでも自信満々の友・樽見。陸はふとしたきっかけで彼と仲良くなったのだが、ある日、上司に「冷酷な人間だから注意したほうがいい」と警告されてしまった。
 まじめすぎるって笑いの種になるんだね。「バクの見た夢」、どこか達観した視点だと思ったら語り手は……。樽見が気になってしょうがない「無言電話の向こう側」がこの中で一番好きです。逃げも言い訳もしないその男気! かっこいい!
 「袋のカンガルー」や「マリッジブルー・マリングレー」のような後味悪目のラストも好物。前者はケイちゃんの間違った愛情がなんだかグロいです。だらだらとその関係を突っ走ってほしいね。後者はこの後進むであろう闇を見てげんなり。しかし他人の不幸は密の味、という言葉もありますし。
 「とっさの場合」、精神医学の授業を取っているので興味深かった。私はまだ自分が一番大切なので、身を呈して他人をかばえるとは思えない。……よく考えると怖いな。その後とか。あの場において彼女は抜群の反射神経を持っていたのではないかしら。
 巻末の後書きを読んでニヤリ。おもしろいなー。著者の他の本も読んでみたいです。

 

「彼女はもう、どんな誤解も正すことができないし、どんな疑問にも答えることができない。それなのに、俺だけが自分のことを説明するのは、卑怯だと思ったんだ」