Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

長野まゆみ『彼等』  ★★★

彼等
彼等
長野 まゆみ

「理由を聞かせろよ。何がどういいのか。ただの男だろう。どうしてそう惚れるんだ。」
「……理由なんてない。……あすもあさってもない。……今だけ……なんだ。……それでいい、」
「そう、あわてるな。まだ先は長いんだ」
「ほかのどんな場所でも二度と逢えないということです。……父や母と過ごした日々と同じで、今この時しかない。」

 堂々と好き、と回りに公言できないものの好き。……好きなんだよ悪いかよ! と逆切れしてみよう(どうして)。シリーズも三作目に入り、起承転結の転の部分ということで、主人公ではなく脇役に大きな事件が起こる。凛一と氷川は相変わらずすれ違ったりキスしたりと煮え切らない。キスした時点で煮え切っているのかもしれないがこいつらの場合は違う。
 本を開いた瞬間、字体が変わっていて驚いた。『白昼堂々』と『碧空』とは同じようなものだったのか実際同じだったのか、気にならなかったけれど本作のは明らかに違うものだ。どことなく現代的。『6ステイン』の(これもなかなか見かけない字体だった)を細くしたような。前の方が合ってたんじゃないかしらん。心の狭さを露呈してしまうが、違和感が拭えない。
 華道の家元を継ぐ原岡凛一は、高校三年生になった。京都の大学のフットボール部エース・氷川享介は、凛一の想い人。新たな登場人物として、小椋の祖父の庶子・千迅が出てくる。彼は系統が千尋に似ていて、鋭い言葉で凛一の胸を抉る。その一方で、従弟の正午は様子がおかしい。鎌倉に訪ねてくると、心の病で入院することに。
 そう、本作の影の主役は正午。今までも凛一にちょくちょく絡んでいたけれど、ここにきて一気に存在感を増す。もともと繊細ではあるが態度が横柄で口の悪い彼がそこまで弱り、壊れてしまった理由は何なのか。
 前作での有沢に相当するのが千迅。凛一を惑わせる役である。彼も相当曲者で、凛一に野蛮なことがしたくなると言ってはばからない。千尋に並んでお気に入りキャラになってしまった。
 肝心の凛一と氷川の仲は、まあ最終巻で決着つけてもらおうじゃないのということで。
 精神的な傷つけあいに食指が動かされるシリーズである。

ネタバレ
 何一つ真剣に打ち込んでいない私にとっては、正午があそこまで参ってしまう気持ちが分からない。自分が経験していない、もしくはできない感情への移入はやはり不可能で、正午と千迅のダブルパンチ(笑)で疲れている凛一へもまた、「大袈裟な」と思ってしまう。だって蛾でしょ? 人の悩みはそれぞれ、感じ方もそれぞれ、自分にとってどうでもいいことが他人には大問題だったりするのよ、と言ってしまえばそれまでなんですが……私に正午の繊細さを分けてほしい。しかし、彼らが持っているのは決して嫌な大袈裟さではない。漫画の『花君』や『紅茶王子』は不愉快な大袈裟さであったが。
 一番が氷川、二番が千尋、三番が有沢、四番が千迅。三番は今は日本にいない、と聞いた時は、え? 天国に行ったお父さん? とか救いようのない考えを抱いた。馬鹿だ。有沢の位置が凛一の中にしっかりと在ってよかった(忘れてたくせに!)。
 それにしても、凛一はこんな大人しそうな面(イメージ)してるのに、ものすごい誘い受け(その言い方は如何なものか)だなあ! 目ぼしい人とはあらかたキスしているじゃないか。好きとも口にしているし。魔性の男、恐るべし。