Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

ミシェル・ウェルベック『服従』  ★★★

 最後まで男根主義だったので逆にあっぱれと思ってしまった。いや描きたいことは分からずでもないのだが表面的にそこでオチをつけるんだ?! と。この時代のヨーロッパおよびヨーロッパ人を映し出しているのかもしらんが、服従したのはペニスにじゃないか……。

服従

服従

 

2022年、フランス大統領選。既成政党の退潮著しいなか、極右・国民戦線党首マリーヌ・ル・ペンと穏健イスラーム政党党首モアメド・ベン・アッベスが決選投票に残る。投票当日、各地の投票所でテロが発生し、ガソリンスタンドには死体が転がり、国全体に報道管制が敷かれる。パリ第三大学で教員をしているぼくは、若く美しい恋人と別れてパリを後にする。自由と民主主義をくつがえす予言的物語、英語版に先駆け、ついに刊行。(Amazon

 小説としてはすごく嫌いだけど、時代を写す作品としての価値はあると思います。自分でも読みながら「この冒頭のミソジニーを乗り越えて読みきるだけの価値があるのだろうか」「この44歳の男性主人公のミソジニーおよび男根思想自体は作中で批判されないの??」と思っていたが、あることはある。現代フランスの政治や宗教を扱うものを読むことってわたしは全然ないので。これで主人公の男根を切り落としたら最高。

 2016年の米大統領選挙後に起こったことをニュースで見聞きした上で作中内の選挙後の様子を読むとなかなかあれだな、すごいな。この本が出た日にシャルリーエブド事件が起きたってのもなあ。大統領が変わってからの家族手当や教育政策は日本政府がやりたいことと同じかも知れんなと思ったり。しかしこの男性主人公のセックス描写をなんとかしてくれ。

 ウェルベックのSF長編も気になるけど、服従の主人公があまりに男根にこだわり過ぎているので、これがキャラメイクではなく作家自身から来ているものだとしたら他の本は読まない方が身のためだ。

映画「ダンシング・ベートーヴェン」

www.synca.jp

 ダンシング・ベートーヴェン、何も調べずに行ったらベートーヴェンよりダンス成分が多かったw そうよね、バレエ団のドキュメンタリーだもんね……バレエは一度見たいと思いつつ見れてない。二楽章でソロしてた日本人ダンサーよかったな。

 メインインタビュアーの女性や、それに答えるダンサーたちが、カメラの前でリラックスした姿勢でいるのがとても羨ましかった。いや、三年ぶりに日本で働いているんですけど、日本の会社にいるのが結構つらくて……敬語が諸悪の根源なんじゃないかと……。

 メイン言語がフランス語で、入門程度に勉強したことがあるから頑張って耳を傾けてしまってイマイチ字幕に集中できなかった。笑 英語や中国語なら聞きながら読めるんだけど……たまに知ってる単語があるのと数字だけ聞こえてくる。

映画「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」

mozart-movie.jp

 一言でいうと、家父長制に殺された女の話でした。そんな内容だとは思いもしなかった。

 ネタバレを含みますが、作中でのモーツァルトは妻子持ちなのに独身女性に手を出し結果的に自分はノーダメージというしょうもない男で、ドン・ジョバンニのモデルにされてる男爵はクズで、本当に男がだめだった。監督脚本の人はどうやら女性が家父長制の犠牲になったという意識がないようで、最後を感傷的に締めているのがまた気に障った。

 プラハの町並みは、前に旅行でいったことがあるので懐かしかったしとても綺麗でした。ドン・ジョバンニが初演された建物も案内してもらった気がするし、プラハ城への坂道を馬車で登るところもあー晴れてたらもっと綺麗なのに〜と思ったり。この映画のおかげでオペラは見たくなった。オケも聞きたくなった。別の国に旅行にもいきたくなる。しかし女の扱いがひどすぎるのはいかんともしがたいのであまりお勧めしません。古典はこれがあるからな。

 映像の編集という意味では、じっと映像を見ていることの苦手なわたしでも飽きずに最後までいったのでうまかったのかもしれない。

佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』  ★★★★

 2008年初読みにしては重かった。でも面白かった。

スウィングしなけりゃ意味がない

スウィングしなけりゃ意味がない

 

 ハンブルクに実際にいたスウィング・ボーイズをベースにして書かれていますが、いかんせん教養がなくどこまで史実なのか分からない。当時はジャズが敵性音楽だったんだなあ、というレベル。当たり前のことを言うと小説がうまいですね。

 佐藤亜紀の本を読むのは初めてで、ツイッターでたまに回って来る発言を見かける通り、博識で頭のいい人なんだなあという印象。フランス留学してらして、ドイツ語の文献も読みこなすのかあ。本書は文体が砕けていてとても読みやすかったけど、他のは固めなのかな。国外舞台の小説を翻訳ではなく日本語で書くとこんな台詞回しができるのねー。新鮮。

 著者の公式サイトからサウンドトラックが見れます。裏話を読んでいたら「皆川博子氏に指摘された」という一文があって、すごい、博識な人たちの繋がりだと頭の悪いことを思った。皆川博子といえばドイツだもんな。

 今年は読んだ本をせめて記録しておきたい。

津村記久子『浮遊霊ブラジル』  ★★☆

 今気づいたけどこの本のタイトル「幽霊」じゃなくて「遊霊」なんだな。

浮遊霊ブラジル

浮遊霊ブラジル

 

初の海外旅行を前に死んでしまった私。幽霊となって念願の地を目指すが、なぜかブラジルに到着し……。川端賞受賞作「給水塔と亀」を含む、会心の短篇集!

【収録作】
「給水塔と亀」…定年を迎え製麺所と海のある故郷に帰った男。静謐で新しい人生が始まる。〈2013年川端康成文学賞受賞作〉

「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」…静けさのないうどん屋での、とある光景。

「アイトール・ベラスコの新しい妻」…ウルグアイ人サッカー選手の再婚の思わぬ波紋。

「地獄」…「物語消費しすぎ地獄」に落ちた女性小説家を待つ、世にも恐ろしい試練とは。

「運命」…どんなに落ち込んでいても外国でも、必ず道を尋ねられてしまうのはなぜ?

「個性」…もの静かな友人が突然、ドクロ侍のパーカーやトラ柄で夏期講習に現われて…

「浮遊霊ブラジル」…海外旅行を前に急逝した私。幽霊となって念願の地をめざすが。(Amazon

 先週末くらいに読みました。軽めの短編集。わたしは大学生の女子が想い人に認識されるために派手な格好をする「個性」が好きだった。これはかわいかった。「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」もよかった。なのになぜ評価が低めなのかというと、この短編集は全体的に一歩引いた脇役の視点が多くて、文章に熱さや切実さがあまりなかったからです。わたしは津村さんだとデビュー作やコピー機の話や『ミュージック・ブレス・ユー!』が好きなんである。当事者が想いをぶわーって語る系の話が。

村上春樹『レキシントンの幽霊』  ★★★

 同時期に読んだ『TVピープル』より余程よかった。特に表題作は好きと言ってもいい。男性作家が国外の同性の友人の家で留守番をするというシチュエーションに、堀江敏幸の『熊の敷石』を思い出したりした。そちらも好きです。 

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

 

古い屋敷で留守番をする「僕」がある夜見た、いや見なかったものは何だったのか?椎の木の根元から突然現われた緑色の獣のかわいそうな運命。「氷男」と結婚した女は、なぜ南極などへ行こうとしたのか…。次々に繰り広げられる不思議な世界。楽しく、そして底無しの怖さを秘めた七つの短編を収録。(Amazon

 あとこちらに収録されている短編の方が文章がうまいと思うことが多かった。執筆時期のせいかもしれないが、それをちゃんと確認するほどの熱心さはないので分からない。しかし春樹の女性視点が好きではないことに変わりはありません。

 世代的なものだと言われたら反論できないが、村上春樹の書くものには家父長制の趣があり、伊坂幸太郎本多孝好舞城王太郎あたりのいわゆる春樹チルドレンと呼ばれる作家たちにもその色があると思う(彼らの作品を読んでいたのは10年前なので、今はまた変わっているかもしれない)。わたしは思想的に合わない。

村上春樹『TVピープル』  ★★

 文章はうまいと思うんだけど、この短編集の内容は好きではなかった。

TVピープル (文春文庫)

TVピープル (文春文庫)

 

不意に部屋に侵入してきたTVピープル。詩を読むようにひとりごとを言う若者。男にとても犯されやすいという特性をもつ美しい女性建築家。17日間一睡もできず、さらに目が冴えている女。―それぞれが謎をかけてくるような、怖くて、奇妙な世界をつくりだす。作家の新しい到達点を示す、魅惑にみちた六つの短篇。(Amazon

 特に女性視点のやつは胸糞だったと申し上げてもいい。男性作家が書く女性視点は、よほどのことがないと好きにはなれないが、上記あらすじにあるような「男にとても犯されやすい特性」とかクソ食らえという感じがある。時代が時代なので、女性視点以外も結構イライラしながら読んでいた。

桜庭一樹『私の男』  ★★★☆

 この本、はっきりと児童虐待の話なんだけれど(被虐待者の父親が娘を虐待する)、これを「禁じられた性と愛」なんて解説で書いちゃだめだろ。映画の時にも無批判に賛美するなって散々言われてたけどさ。この北上次郎の解説、赤朽葉の方に載せた方がいいよ。

私の男 (文春文庫)

私の男 (文春文庫)

 

落ちぶれた貴族のように、惨めでどこか優雅な男・淳悟は、腐野花の養父。孤児となった10歳の花を、若い淳悟が引き取り、親子となった。そして、物語は、アルバムを逆から捲るように、花の結婚から2人の過去へと遡る。内なる空虚を抱え、愛に飢えた親子が超えた禁忌を圧倒的な筆力で描く。(Amazon

 久々の再読でした。映画化で本がかなり流通したのか、100円で買えたので……。

 冒頭の件、一応作中で「君は子供だから」「やってはいけないことだ」と説いてくれる人はいるけど、小説自体がかなり倫理的に傾いているところに、それを賛美するような解説を載せるのは、現実に父親(養父)による児童虐待が少なくないことを思うと何だかなって感じです。但し書きつけておいたほうがいいよ。

 じゃあなぜ再読したのかというと、桜庭一樹の自己陶酔的な文章が嫌いではないからです。この本も小説としてはそこそこ好きなんだ。でもここに描かれているのは父親による娘への性的虐待だということをしっかり認識した上で解説なり宣伝なりしてほしいと思います。

 視点、こんなにころころ変わる小説だったかねえ。わたしは花視点の記憶しかなかったよ。だからこんなに認知が歪んでるのかと思いきや、小町さんもちゃんと「おかしい」と言っていたのね。

 あと時代+田舎だからかもしれないんですけど、男女の性役割の固定が強すぎるよな。小町さんの窓口業務の話とか、飲んでばっかりの男たちの世話を女たちが負わされる話とか。セクハラ満開だしな。当時の空気をありのままに描いているのかもしれません、この国もほんの少しは進歩しているのね……。尾崎視点で「僕の周りにいるほかの女の子たちも、父親の話をするときは、うちのお父さんったらね、と、どこかうれしそうに声が弾んでいる」と書いているの、めちゃくちゃ気持ち悪かった。いやいやいや。作者の父親との関係どうだったんだろうか。

高村薫『レディ・ジョーカー』  ★★★★

マークスの山』『照柿』と読んできてようやくの『レディ・ジョーカー』、聞きしに勝るとは正にこの事でした。わたしは活字倶楽部読者だったと申し上げたら伝わりますでしょうか。いやーとんでもなかった。とんでもなかった。びっくりした。下巻の終章には本当にびっくりしてTwitterで実況中継をしてしまった。月村了衛『機龍警察 暗黒市場』ぶりのびっくりかもしれない(ブログに感想残してなかったけど、あれも心からとんでもなかった)。

 以下合田と加納の話しかありません。

レディ・ジョーカー〈上〉 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー〈上〉 (新潮文庫)

 
レディ・ジョーカー〈中〉 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー〈中〉 (新潮文庫)

 
レディ・ジョーカー〈下〉 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー〈下〉 (新潮文庫)

 

空虚な日常、目を凝らせど見えぬ未来。五人の男は競馬場へと吹き寄せられた。未曾有の犯罪の前奏曲が響く――。その夜、合田警部補は日之出ビール社長・城山の誘拐を知る。彼の一報により、警視庁という名の冷たい機械が動き始めた。事件に昏い興奮を覚えた新聞記者たち。巨大企業は闇に浸食されているのだ。ジャンルを超え屹立する、唯一無二の長篇小説。毎日出版文化賞受賞作。(Amazon

 大手ビール会社(社長)に対する脅迫事件が本書の核となっています。上巻はほとんどバックグラウンドの説明であり、合田が登場するまでかなり待たされました。でも合田が登場した瞬間加納も顔を出し、JUNE、JUNEでしかない描写が白のスニーカーばりの眩しさで行われます。鮮やか。鮮やかです。この時点で読者は積読の選択肢が消えます。

 中巻になると大分合田視点も増えてくるんだけど、それでもやっぱり合田以外の視点が多い。ただ周辺から語られる合田の人物描写は魔性の一言なので、読み応えはあります、特に半田……半田、お前の執着具合はいったいどういうことなんだ、下巻でのあの爆発は。加納は一貫して語り手にはならないのですが、合田以外の数名からの描写があり、これもまたJUNEです。もはやJUNEとしか言いようがない、何か、もう、すごいよね高村御大……。

 ここからややネタバレになりますが、『マークスの山』は仏壇に手を合わせたくなるような、『照柿』はひたすら悲惨で目を背けたくなるような読後感だったところ、何と本書はほぼハッピーエンドです。なので、前2冊に辟易し、本書中巻まで読み進めてもう投げ出したくなってしまった人もぜひ最後まで読んでほしい。中盤はダレているから多少読み飛ばしてもいい。ハッピーエンド感を演出する最大の要因はもちろん合田と加納であり、これは本当にとんでもないです。歴史に残る描写だと思います。

 高村薫の読者層、活字倶楽部愛読者がかなりの部分を占めつつ、男性もそこそこ多いだろうと推察されますが、これだけ警察という組織のホモソーシャルっぷりを描いておきながら、最後の落とし所がそこで、納得いただけたのかしら。二人の十八年間にわたる付き合いについて、それだけの描写を積み重ねてきたということでいいのかしら。いやはや混乱して文章が書けなくなっていく。

 高村薫の文章はどちらかというと好きではない部類だし、フェミニストとしてあれほどガチガチに性役割を固定されるとしんどい、到底受け付けられない、反感を覚えるところも多々あるけど、合田と加納の結末には、それを差し置いても読むだけの価値があったという判断を下します。書いてくださってありがとうございました。

 社会派の作家に対してこんな感想って無いよな!笑 題材はグリコ・森永事件とのことですが、わたしは事件の詳細は知らなかったから思い当たらなかったし、レビュー等も読まずに読んだので、後から調べてこんなに細かく反映させていたのねと驚きました。警察の焼身自殺とか。事件のこと知っている人が読んだらきっと結末も分かったのだろう。だからこその合田加納爆弾だったのだろうか(違う)