Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

遠藤周作『深い河』  ★★★

 この話ってこれで終わりなの……!? と解説に切り替わったときに三度見くらいしてしまいました。びっくりした。

深い河 (講談社文庫)

深い河 (講談社文庫)

 

愛を求めて、人生の意味を求めてインドへと向かう人々。自らの生きてきた時間をふり仰ぎ、母なる河ガンジスのほとりにたたずむとき、大いなる水の流れは人間たちを次の世に運ぶように包みこむ。人と人のふれ合いの声を力強い沈黙で受けとめ河は流れる。純文書下ろし長篇待望の文庫化、毎日芸術賞受賞作。(Amazon

 日本帰ったときにスコセッシ監督の「沈黙」を見たので、遠藤周作は『海と毒薬』しか読んでないけど何か読もうかなと思って、好きな漫画家さんのオススメ作を手に取りました。『沈黙』は未読ながら映画はわたしは結構好きで(アンドリューくんがめちゃくちゃ苦しむイケメンだったね!!)、テーマ的にも面白く鑑賞したんですが、遠藤周作キリスト教に対するスタンスって一貫してんだなー! と。腑に落ちた。いや三冊読んだだけで、しかもうち一冊は遠い忘却な彼方のくせに何言ってんだって怒られそうだけど、少なくとも『沈黙』と『深い河』は分かった。こういう人なのかと。

 時代が時代なので、ジェンダー意識の高い人が読むと若干ウワーとなる部分があるのですが(わたしはなりました)(ただしそれは古い創作物だと仕方のないところでもあります)、キリスト教観を覗くという意味では面白かったです。

村上春樹『回転木馬のデッド・ヒート』  ★★★

 春樹訳カポーティを読んだ流れで手をつけた。感想としては、わたしは春樹の思想や人となりはあまり好きではなくて(主に彼が男性的であるという点において)、けれど文章は好きだし技巧的にとても上手いと思っている、という既に分かっていたことでした。

回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)

回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)

 

現代の奇妙な空間―都会。そこで暮らす人々の人生をたとえるなら、それはメリー・ゴーラウンド。人はメリー・ゴーラウンドに乗って、日々デッド・ヒートを繰りひろげる。人生に疲れた人、何かに立ち向かっている人…、さまざまな人間群像を描いたスケッチ・ブックの中に、あなたに似た人はいませんか。(Amazon

 カポーティもそうだけれど、「女性」に対する視線にものすごく他社性を感じる。これは男性全般に思うことでもあるが、彼らは「女性」を同じ人間だと捉えていないんだろうか、というやつ。カポーティの場合は育児遺棄した若い母親に対する複雑な感情が結晶化してそうなってるのかなと勝手に思うけど。

 特にゲッと思ったのは「雨やどり」という、金でセックスを売った女性についてのスケッチで、「我々は多かれ少なかれみんな金を払って女性を買っているのだ」という太字の文章には吐き気すら覚えた。それ、ものすごい非対称ですけど分かってます?

 でも文章は上手いと思うんだよ。だからこれからもたくさん翻訳をしてください。

トルーマン・カポーティ『誕生日の子どもたち』  ★★★★

 村上春樹の自作はあまり好みではないんだが、彼の翻訳はものすごく好きなので、単純に文章がうまいんだと思う。一番好きなのはチャンドラーのマーロウシリーズだけどこれも大変よかった。

誕生日の子どもたち (文春文庫)

誕生日の子どもたち (文春文庫)

 

 カポーティの自伝的要素を含む短編+その他の短編集で、春樹が解説で言っている通り少年少女の無垢とそれがあらわすこの世の残酷さみたいなものを描いています。どれもこれもなかなか重たいボディーブローなので元気なときに読んでください。表題作の次の短編が「根性の悪さについて言わせてもらえるなら」で始まっていたから何て編集だよと思ったよね。

 しかしカポーティは母に対する思いゆえか、『ティファニーで朝食を』も本書収録作も(おそらく全部)少女の造形がとんでもない他者になっているなと思います。どこにいるんだそんな人! あなたの目がそう見せているのでしょう!笑

舞城王太郎『煙か土か食い物』  ★★★★☆

 云年ぶりに読み直したら思っていたより文章が端正で驚いた、初読の際は随分驚いたものだったけどなあ。内容はやっぱり舞城の中で一番好きですね。このシリーズもっと書いてもらいたかった。

煙か土か食い物 (講談社文庫)

煙か土か食い物 (講談社文庫)

 

腕利きの救命外科医・奈津川四郎に凶報が届く。連続主婦殴打生き埋め事件の被害者におふくろが?ヘイヘイヘイ、復讐は俺に任せろマザファッカー!故郷に戻った四郎を待つ血と暴力に彩られた凄絶なドラマ。破格の物語世界とスピード感あふれる文体で著者が衝撃デビューを飾った第19回メフィスト賞受賞作。(Amazon

 つっても初期の数冊しか読んでないんだけどね舞城。この人にとっての家族愛とはなんぞや、みたいなのが見えるよね、『好き好き大好き寵愛してる』あたりもそんな感じじゃなかった? デビュー作に全てが詰まっているというのは読者としては本当だと思うよ。

 二郎のエピソードは何度読んでも面白いですね。単行本化されていない短編をどこかに収録してくれ。

トム・ロブ・スミス『チャイルド44』  ★★★★☆

 面白かったとは言えない読書でしたがリーダビリティは多分にありました。下巻は一度読み始めると止まらないので時間のあるときに読んだ方がよいです。

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

 
チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

 

スターリン体制下のソ連。国家保安省の敏腕捜査官レオ・デミドフは、あるスパイ容疑者の拘束に成功する。だが、この機に乗じた狡猾な副官の計略にはまり、妻ともども片田舎の民警へと追放される。そこで発見された惨殺体の状況は、かつて彼が事故と遺族を説得した少年の遺体に酷似していた…。ソ連に実在した大量殺人犯に着想を得て、世界を震撼させた超新星の鮮烈なデビュー作。(Amazon

 ここから多少ネタバレを含むので、何も予備知識要らなければ戻っていただいて。

 スターリン体制下のソ連、ということでまさに1984年の世界で、日本もこのまま右翼化が進めばこうなりかねないな、既に犯罪を外国人に押し付けたがる風潮がものすごくあるしな、とゾッとしながら読みました。このものすごい明日は我が身感。わたしは今の政権の進む先が先進国としてまっとうだとは到底思えないので。「個人的なことは政治的なこと」、アメリカのフェミニズム運動のスローガンですけど、あらゆるものは政治から逃れられないんだと感じます。例外はない。

 本筋の大量殺人とは別で、理不尽に人が死にまくるため読んでいて非常につらいのですが、事前に作者を調べ、レオを主人公とした三部作があることを知っていたからガンガン読み進めることができました。知らなかったらなかなか厳しかった。特に下巻には主人公周りにポジティブないいシーンが出てくるので、これで結末がアレだったら結構立ち直れないな……と。三部作だよ! というのを糧に行けばいいと思う。

 プロットそのものは相当えげつないけどね。よくぞここまで胸糞悪い落とし方をしたよね。上巻読んでから少し間があいたため下巻で気づくのかなり遅れたけどね。ストーリーとしてきれいにまとまっている分フィクション感が強まり、一歩引いて眺められるというのはある。面白かったです。

 一時期トム・ハーディ出演作を漁っていたにも関わらず、2015年に彼主演で映画が作られていたことすら知りませんでした。しかもネステロフがゲイリー・オールドマン。英国俳優的にめっちゃ豪華ではないか。しかしソ連舞台なのに全編英語でやったのか。それは言語の雰囲気的にどうなのか。まあロシアでは発禁だそうですので彼の地の協力は得られないわけだけれど。ちょっと見てみたい。

恩田陸『ネバーランド』  ★★★★

 名古屋は栄のブックオフで100円棚に並んでいたので懐かしくなってつい。 これほんと女性の夢想する理想の少年達だよ。十年以上ぶりに読み返したので新鮮な気持ちで読めた。

ネバーランド (集英社文庫)

ネバーランド (集英社文庫)

 

舞台は、伝統ある男子校の寮「松籟館」。冬休みを迎え多くが帰省していく中、事情を抱えた4人の少年が居残りを決めた。ひとけのない古い寮で、4人だけの自由で孤独な休暇がはじまる。そしてイブの晩の「告白」ゲームをきっかけに起きる事件。日を追うごとに深まる「謎」。やがて、それぞれが隠していた「秘密」が明らかになってゆく。驚きと感動に満ちた7日間を描く青春グラフィティ。(Amazon

 あとがきで恩田氏が「(寮生活出身者に話を聞いたが)あまりにも美しくない実態に、参考にしないことにした」「当初の計画では『トーマの心臓』をやる予定だった」と率直に述べていて笑った。狙いも着地も間違っていないと思いますし、彼女の著作にしては広げた風呂敷ちゃんと畳んでいて他人にもネタ枠ではなく勧めやすい。

 光浩に対して島田という弁護士が言ったことは弁護士として非常に許されざることで、もちろん許されないことだというのは他でもない光浩が指摘しており、未成年にそれをさせてはダメだ、というのも書かれてたとは思うが、とにかくものすごくダメだ。そんなものを美化してはいけない。

 しかし、なんでも器用にこなす頭のいい一見社交的な男子が、子供の頃のトラウマで女性が怖い無垢男子に、俺はお前が羨ましいって発言するの、ものすごいBL力だよな。おののいたわ。

パトリック・レドモンド『霊応ゲーム』  ★★☆

霊応ゲーム (ハヤカワ文庫NV)

霊応ゲーム (ハヤカワ文庫NV)

 

1954年、イギリスの名門パブリック・スクールで学ぶ14歳の気弱な少年ジョナサンは、同級生ばかりか教師にまでいじめられ、つらい日々を送っていた。しかしある時から、クラスで一目置かれる一匹狼のリチャードと仲良くなる。二人が親密になるにつれ、ジョナサンをいじめる悪童グループの仲間が一人、また一人と不可解な事件や事故に巻き込まれていく…彼らにいったい何が? 少年たちの歪んだ心を巧みに描いた幻の傑作。(Amazon

 JUNEだという前情報のみで読んだけど、ホラーだってことも知っておかなきゃいけなかったですね。リーダビリティはあるし一気読みさせる筆力があるのは確かです、が。

 あまりジャンル分けしすぎると読者を減らしてしまうものの、でもミステリとホラーが違うのは、ミステリは謎が明らかになる構造であるのに対し、ホラーって最終的な下手人が人じゃないでしょ。なので、それこそ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』のようなスパイサスペンスが書く人間の悲哀みたいなものが、ホラーだとちょっと書きにくい部分があるのかなあと。人間に帰せれないじゃん。とか言ってホラー苦手だから全然読まないんだけどな! すまん! 今回、ホラーがNot for meだということがわかった!

 JUNEかJUNEでないかと言われたらわたしは超JUNEだと答えます。前半部はあまりのJUNE力にたじたじだった。しかし結末が結構きついので警戒しながら読んだ方がよいです。

ジョン・ル・カレ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』  ★★★★☆

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕

 

英国情報部“サーカス”の中枢に潜むソ連の二重スパイを探せ。引退生活から呼び戻された元情報部員スマイリーは、困難な任務を託された。二重スパイはかつての仇敵、ソ連情報部のカーラが操っているという。スマイリーは膨大な記録を調べ、関係者の証言を集めて核心に迫る。やがて明かされる裏切者の正体は?スマイリーとカーラの宿命の対決を描き、スパイ小説の頂点を極めた三部作の第一弾。著者の序文を付した新訳版。(Amazon

 翻訳は微妙だけど内容は最高ですね!! 最高! 読むの大変だけど面白いです。

 多分トム・ハーディ目当てで映画「裏切りのサーカス」イギリス版DVDを先に見ていたんですが、この映画もキャスティングが豪華な大変良い映画で、 ただ説明がかなり省かれているので原作未読の人にはあまり優しくない内容で、でも今回小説を読んだらこっちも優しくないから、映画化はいろんな意味でとってもいい線いってたんだなと思いました。せっかく三部作なのに続編作られないのかなあ!

裏切りのサーカス コレクターズ・エディション [Blu-ray]

裏切りのサーカス コレクターズ・エディション [Blu-ray]

 

 映画版で大きく設定が異なっていたのがベネディクト・カンバーバッチ演じるギラムですね。どういう意図のもとでこうなったんだろうね。カンバーバッチと、トム・ハーディ演じるリッキー・ターを若手俳優コンビで並べたかったのかなあ。コリン・ファース演じるジム・ヘイドンに対する作中での賛美されっぷりには笑いました。ドリアン・グレイの生まれ変わりだって? それはコリンにやらせるしかねえな。

 本作を含むスマイリー三部作はスパイ小説の金字塔と言われており、情報量が多い文章のため値段あたりのコスパが(一部は翻訳のせいで)とてもよく、TTSSに関してはJUNEとしても完成されている上、UK俳優有名どころ集めましたみたいなキャストで映像化されてるのがすごい。ぐうの音も出ない。皆映画を見てから読むといいよ。映画見ても小説読んでも一回じゃ理解できないから。

 映画版での某二人の退場に心を痛めておりましたが、小説面白かったので、続きを読もうという気になりました。

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谷崎潤一郎『刺青・秘密』  ★★★★☆

刺青・秘密 (新潮文庫)

刺青・秘密 (新潮文庫)

 

肌をさされてもだえる人の姿にいいしれぬ愉悦を感じる刺青師清吉が年来の宿願であった光輝ある美女の背に蜘蛛を彫りおえた時、今度は……。性的倒錯の世界を描き、美しいものに征服される喜び、美即ち強きものである作者独自の美の世界が顕わされた処女作「刺青」。作者唯一の告白書にして懺悔録である自伝小説「異端者の悲しみ」ほかに「少年」「秘密」など、初期の短編全七編を収める。(Amazon

 天下の谷崎氏にこんなこと言うのもなんですが、文章が上手いです。上手いです。うんうん唸りながら読んでしまった。津原泰水氏がブックリストで上げていたので、ずっと読みたかったんだけど、このリスト2012年のものですね。4年積ん読してたわ。

『刺青・秘密』谷崎潤一郎新潮文庫
 捻った選択にしようかと思ったが、ここに収録された数篇の、頑なな完成度をやはり好む。(津原泰水の本棚 | ラヂオデパートと私

 最初に「刺青」で幕を開けるのいいですよね。それから「少年」「幇間」「秘密」とフィクション感の強いものが並び、私小説的な「異端者の悲しみ」が来る。これは発表年月と一致してるらしいですが、それすら狙ったのかなと思わずにいられない良い並び方だ。わたし個人が自然主義の小説よりフィクションフィクションしたものが好きなので、谷崎氏がこれらを引っさげて文壇にやってきてくれてよかったです。

 買って損はない。

坂口安吾『桜の森の満開の下・白痴』  ★★★★☆

桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)

桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)

 

桜の森の満開の下は怖ろしい。妖しいばかりに美しい残酷な女は掻き消えて花びらとなり、冷たい虚空がはりつめているばかり―。女性とは何者か。肉体と魂。男と女。安吾にとってそれを問い続けることは自分を凝視することに他ならなかった。淫蕩、可憐、遊び、退屈、…。すべてはただ「悲しみ」へと収斂していく。(Amazon

 例のごとく文豪失格 (リュエルコミックス)を読んでいたら作者の千船さんがTwitterで「戦争と一人の女」「私は海をだきしめていたい」を推していらしたので、Kindleで色々ダウンロードしてみたらものすごく文体が好みなことに気づいた。それで青空文庫収録の小説は大体読みました。

 あの時代の文豪の中では平易な文章を書く方ですね。私小説めいたものがほとんどなので、こいつ女のことを何だと思ってやがるんだ……とジェンダー的には超アウトなんだけども、明らかにアウトだと自覚しているっぽいだけ抵抗無く読めるところはあります。川端康成の普通っぽい小説(雪国とか)だと、一見普通っぽいがゆえにそこここに散りばめられた女性への蔑視が沁みます。でもあの人、『眠れる美女』とか書いてるんだから大概変態なんだろうな。まだ読んでないけど。

 安吾の話に戻ると、「夜長姫と耳男」、これがある意味一番感心したかもしれないです。すっごい砕けた文体で書いてあるのね、本当、最近書いたと言われてもおかしくないくらいに。基本が大事ですね。きちんとした文章を書ける実力が根底にあるからこそ、ここまで砕けたものが書ける。分かります。分かっていますとも。できないだけです。