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Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

月本洋『日本人の脳に主語はいらない』  ★★★★☆

英語で“I love you.”とは言っても、日本人は決して「私はあなたを愛している」などとは言わない。「雨が降る」を英語で言うと、“It rains.”のように「仮主語」が必要になる。―これはどうしてか?人工知能研究と脳科学の立場から、言語について実験と分析を重ねてきた著者が発見した新事実。それは、日本語の音声がもつ特徴と、主語を必要としない脳の構造とが、非常に密接な関係にあることだった。斬新な視点による分析と、工夫をこらした実験、先行研究への広範な検討を重ねて、主語をめぐる長年の論争に大きな一石を投じる、衝撃の書。(Amazon

 すごい面白かった。中身はマジでタイトルのまんまだぞ。笑 難しくもなければ長い本でもないので自他認知やミラーニューロン(アンドロイドネタに繋がる)や、言語系が好きな人にはおすすめ。これからの研究にも期待。以下読みながらの抜き書き。
 何らかの動作をイメージすること=その動作をするときと同部位を活性化させること、っていうのはどうしてこんなにときめくのかしらねえ。猫や犬といったものをイメージするときは眼球が、暗算をするときには眼球や聴神経が、仮想的身体運動をするらしい。
  著者の考えによれば「人間は言葉を理解するときに、仮想的身体運動でイメージを作り、理解している」、ゆえに「人間並みの知能を実現するには『身体』が必要である」。想像するには神経回路さえあればいいので、身体は不要なのでは? に対する答えはノーである。「神経回路として存在するには、絶えず皮膚や筋肉を通して外界と相互作用をし続けなければならない。それがなくなれば神経回路は衰退し、場合によっては死滅する」。ふわあああ! アンドロイドから身体を奪うということがどういう行為なのかこれでお分かりかね! 身体を奪って何のフィードバックも得られない小さな箱に閉じ込めることにより、じわじわと衰退していくアンドロイドの擬似神経回路を、複雑な思いで見届けるSFパラレルが読みたくなってきた。初期には「何故私は殺されねばならないのです」とか呟いたりして、でも自分の声聞こえないのね。
 主語強要言語は、英語、独語、仏語、ロマンシュ語オランダ語スカンジナビア言語だけらしい。その他は全て主語非強要言語だとか。日本語のように主語を必ずしも必要としない言語は実はマジョリティだったのね。フランス語だって発音さえああじゃなければ主語要らないのにね。しかるに日本語の小説を翻訳するときは主語をくっつけねばならなくなるのだが、『伊豆の踊子』英語訳・中国語訳では主語「踊子」を補うべきところに「私」が入ってたりするらしいww 日本語で読めば一目瞭然なのにw
 日本語文法にしたって色んな種類があるし(学校で教えられるのは橋本文法というらしい)、そもそも主語を認める立場と主語を認めない立場がある。家庭教師してるときに結構苦労したけど、大体からして決まってないんじゃ仕方ないなあ。「主語」というのは明治時代に英語のsubjectの訳語として作られた言葉であり、subject自体には主語という意味も主体という意味もある。あるいはそれらの区別がない。明治維新以降、日本は日本語を多言語と比較し、大きく改変してきたので、明治の前後では全然違う、らしい。そうだよね、句点だって明治まではなかったんだもんね……句点と読点なら句点の方が先にありそうなもんなのにね。古文漢文やってても句読点打ってあったから(多分)そんなの気にしたことなかった。
 本書は日本語やポリネシア語といった母音語(すべての単語が母音で終わる)話者の脳と、英語に代表される子音語の話者の脳では、母音を聞いたときに反応する場所が違うため、結果的に子音語は主語を必要とするんだよーいう話をなるべく噛み砕いて伝えてくれたのだが、それじゃあ日本語がハイコンテキスト、英語やスカンジナビア語がローコンテキストな言語なのは、文化云々っていうより母音を重要視する言語か否かで決まってしまうの? 子音語はそもそも客観視に向いてる言語ってことになるわよね? という感じでとっても面白かったです。
 この著者、そのものずばり『ロボットのこころ』という本を出しているのでそっちも読んでみる。……あんたこれ以上アンドロイドネタ作ってどうするつもりなんですかー! 消えたの合わせていくつ書いたと思ってるんですか!