Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

サラ・ウォーターズ『半身』  ★★★★

独房からは信じがたい静寂が漂ってきた。獄内の静けさを残らず集めたより深い静謐が。それを破ったのは溜息。わたしは思わず、中を覗いた。娘は眼を閉じ…祈っている!指の間には、鮮やかな紫―うなだれた菫の花。1874年秋、倫敦の監獄を慰問に訪れた上流婦人が、不思議な女囚と出逢う。娘は霊媒。幾多の謎をはらむ物語は魔術的な筆さばきで、読む者をいずこへ連れ去るのか?サマセット・モーム賞受賞。(Amazon


 読み終わった直後は「何と!」が頭の中をぐるぐるしていたけれど、『荊の城』との比較などをしているうちに、「うまい!」に変わった。うまい! うまいわ!! 上手いし巧いわ! 日本におけるウォーターズの版元を言ってごらん! 創元推理文庫!!
 『荊の城』同様何を言ってもネタバレになるあたり、本当にこの人はどんでん返しがお好き。うまい! この二つをセットで読むと更にうまい!笑 デビュー作の青春小説も合わせたヴィクトリア三作一気に読んだらもっとうまい! ってなりそうだなあ! 翻訳されてくれー。女性同士の恋愛ものという乱暴すぎる括りから中山可穂を引いてくるのはいけないとは思うんだけどさ、あの人は私小説的情念系で、ウォーターズはロマンティックを描きながらもそれすら演出というか、プロットが物を言う系というか、何て言えばいいの!
 『半身』→『荊の城』って読めばよかった……かもしれない。いや、逆だったからこそ半身での衝撃が大きかったのか。塵ほども疑っていなかった。やられた。これは楽しい。何て冷酷なんだ!笑 ストレートに行っても十分好評だったろうに! 自分が小説に何を求めているかがよく分かる。30歳手前の「嫁き遅れの老嬢」がメインの語り手で、読み始めはヴィクトリア時代の女性への視線恐ろしい、30で「老」と呼ばれてしまうなんて……とか思っていたけれど、気付けば全部吹き飛ばされてましたよ。
 英国調長編でうまい人というとウィリスが思い浮かぶけど、そういえばあの人はどんでん返しとかではなく引っ張って引っ張って引っ張ってパーン! 系だよなあ。どっちも好きだよ。うまく作られた小説を読むのが本当に好きだよ。

 

 読んでて最初の半分はエンジンかからなかったけど、後半はどんどん昂ぶってきて、ついにクライマックス、そして(語り手に信条移入しがちな読者を)奈落へ突き落す!笑 だってこれ、普通にシライナがあらわれ出でて、手と手を取って逃げ出すだけでも十分面白いじゃないですか。満足感でいえばそっちの方が勝つよね。でも全部捨ててしまうんだよ、今まで積み上げたものを! 捨てる快感の方を取るんだよ! 監獄、パプティノコンという題材を持ってきたあたりで気付けるほど私は賢くないよ!笑
 サービス精神がすごい。半身では最後の最後に置いているどんでん返し(正しい位置ですね)を、ストレートなラブストーリーである荊の城では前半に持ってきて驚かせてから、再び積み重ねて結実。二冊しか読んでないから何とも言えないけど、毎回こうして愉しませてくれるのであれば、乗せられやすいエンタメ好きにはたまらないですよ。全力で乗りますよ。悔しがって、ああ伏線を拾って歩かなくては、ってなりますよ。「おまえは誰のもの?」ってラスト、読み返さずにおれますかいな。
 それでもどっちが好きかと言われたら『荊の城』なんだけどね! 私はハッピーエンド好きのエンタメ読みなのである。