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Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

夏目漱石『夢十夜』  ★★★★☆

夢十夜 他二篇
夢十夜 他二篇
夏目 漱石
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
 自分は黙って首肯た。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切た声でいった。(夢十夜

 昔し美しい女を知っていた。この女が机に凭れて何か考えている所を、後から、そっと行って、紫の帯上げの房になった先を、長く垂らして、頸筋の細いあたりを、上から撫で廻したら、女はものう気に後を向いた。その時女の眉は心持八の字に寄っていた。それで眼尻と口元には笑が萌していた。同時に恰好の好い頸を肩まですくめていた。文鳥が自分を見た時、自分はふとこの女の事を思い出した。(文鳥)

 妻が出て行ったらあとが急に静かになった。全くの雪の夜である。泣く子は幸いに寝たらしい。熱い蕎麦湯を啜りながら、あかるい洋燈の下で、継ぎ立ての切炭のぱちぱち鳴る音に耳を傾けていると、赤い火気が、囲われた灰の中で仄に揺れている。時々薄青い焔が炭の股から出る。自分はこの火の色に、始めて一日の暖味を覚えた。そうして次第に白くなる灰の表を五分ほど見守っていた。(永日小品・火鉢)

 夏目漱石の本読むの三冊目くらいだけど、こんなに美しい文章を書いていること知らなかった。和語が多いのか、柔らかい響きで(実際に音読してもきれいなんだろう)、その響きに乗せられていると内容が頭を上滑りする。文章の一文一文は簡単で、とてもわかりやすい。三島みたいに豪華なんじゃなくて、きらきらしてる。すごくいい。私の目は節穴だったのか。文章をこんなにも味わえるのは、内容がエンターテインメント的な、ぐいぐい読ませるものではないからだ。
 夢十夜:「こんな夢を見た」ではじまる夢の話が十夜分。
 文鳥:三重吉が文鳥を飼いなさいというので金を渡すと、しばらく経ってから立派な籠と美しい文鳥を持ってきた。
 永日小品:元日・蛇・泥棒・柿・火鉢・下宿・過去の匂い・猫の墓・温かい夢・印象・人間・山鳥・モナリサ・火事・霧・懸物・紀元節・儲口・行列・昔・声・金・心・変化・クレイグ先生
 いいのは文章だけじゃない。中でも夢十夜の一夜目には完全にノックアウトだ。これはよすぎる。これは泣ける。でも何がなんだかよくわからない話も結構ある。理不尽というか。文鳥も割と理不尽というかかわいそうだけど、好きだった。あと解説にもあったけど永日小品の火鉢、実際に火鉢の前にいるような感覚。夏に読んだのに雪の日の静けさを感じるし、手足の先が冷え切る。
 漱石がこんなに愛されるわけがようやくわかってきた。原稿用紙に書いてたんだもんなあ、漢字も全て。自分の怠惰さがわかるわ。紙に書けばもっと考えるようになるかもね。逆立ちしたってこんな文章書けないけどね。どの描写も美しいので、青空文庫ででも読んでみることをお薦めします。本の方が気分は断然出るけど。
 とりあえず『こころ』からはじめよう、本好きな女性オタクにはそういう意味でも欠かせないので(笑)