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続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

田中芳樹『銀河英雄伝説(8)』  ★★★★☆

銀河英雄伝説〈8〉乱離篇
銀河英雄伝説〈8〉乱離篇
田中 芳樹

 フェザーンでの不幸な事件に関して、ミッターマイヤーの感想は痛烈をきわめた。
「あのオーベルシュタインは死ななかったか。奴が人間であると証明する、せっかくの好機であったのにな。まあルッツが軽傷であったのはせめてもの救いだが」
 彼の親友オスカー・フォン・ロイエンタールは、さらに辛辣だった。
「単に可能性の問題として言うのだが、歩く毒薬のオーベルシュタインめが、何らかの魂胆で一件をしくんだのだとしても、おれはおどろかぬ。だとするときっと二幕めがあるぞ」
 ミッターマイヤーが一瞬、絶句するほど、それは悪意にみちた誹謗だった。

「おれはシェーンコップ中将みたいに悪いことは何もしれいない。それなのに何だって三〇歳にならなくてはならんのだ」
 半ば憮然、半ば奮戦として、アッテンボローは自然の不条理を攻撃したものであった。
「生きた不条理」と名ざされたワルター・フォン・シェーンコップのほうは、ややとがりぎみのあごをなでて悠然と応じたものである。
「おれとしては、何も悪いことをできなかったような甲斐性なしに、三〇歳になってもらいたくないね」
 ……アッテンボローの反撃に、ポプランは陽気にうなずいた。
「決まりましたよ。ビバ・デモクラシー!」
「何だ、結局それにしたのか。華麗さに欠けるとか言ってたくせに」
「じつはもうひとつ、あることはあります」
「拝聴しよう」
「くたばれ、カイザー!」

「世の中を甘くみること!」


 八巻はシリーズの中でも一二を争う面白さでした。フィクションの戦争、超かっこいい。娯楽映画やテレビの戦闘シーンにはあまり興味を呼び起こされないけど、田中芳樹の格式ばったようなそれでいてたまにちゃめっけを覗かせるような文章(意図してんのかしら?)によって描き出される、広大な宇宙での物理的な戦いは、面白いのひと言です。目が離せないよ。
 宇宙歴800年、新帝国歴002年。奪われたイゼルローン要塞を取り返すべく、皇帝ラインハルトは兵を向けた。迎え撃つヤン艦隊は、圧倒的勢力を誇る帝国軍に善戦。二人の上級大将を失った帝国軍は撤退を余儀なくされた。ラインハルトは停戦と会談を求める通信をヤンに送った。それに応えてヤンはイゼルローンを旅立ったが、その背後には凶悪な魔手が忍び寄っていた……。宇宙が今、大きく揺れる。(裏表紙)
 非常に辛い一冊となりましたが、それがどうした! 

 

「ごめん、フレデリカ。ごめん、ユリアン。ごめん、みんな……」

 何だってヤン提督が考えてくれた。戦う意味も、戦う方法も、戦った後のことも。すべてヤンが考えた。ユリアンたちはそれにしたがっていればよかった。それなのにこれからのことは自分たちで考えねばならないというのか。

「なあ、ユリアン、もともとヤンの奴は順当にいけばお前さんより十五年早く死ぬ予定になっていたんだ。だがなあ、ヤンはおれより六歳若かったんだぜ。おれがあいつを送らなきゃならないなんて、順序が逆じゃないか」

 処女雪をかためたような皮膚の下で、血管は灼熱し沸騰した感情の通路と化していた。侮蔑されたように彼は感じていた。彼がいままで戦い、これからも知略を競わせることを欲し、さらに会談によって為人をより知りたいと望んだ相手が、突然、消滅してしまったという。これほどの理不尽さを自分は受容せねばならないのか。不意に、奔騰した怒りが叫びとなって体外に走り出た。
「誰も彼も、敵も見方も、皆、予をおいて行ってしまう! なぜ予のために生きつづけないのか!」
(中略)
「予はあの男に、予以外の者に倒される権利などを与えたおぼえはない。あの男はバーミリオンでもイゼルローン回廊でも、予を勝たせなかった。予の貴重な将帥を幾人も倒した。そのあげくに、予以外の者の手にかかったというのか!」


 あああああああああ!!!!
 いつ死ぬのだろうと戦々恐々していたわけですが、ついにお亡くなりになりました……我らのヤン提督が……泣いたよ。ええ泣きましたとも。てか冒頭のカラー絵が既に死んでたからね(笑)ああ、ついに来るかこの時がという感じでした。大好きでした。こんな上司がいたらいいのにという意味でも、有能すぎる頭にも、酔狂と冗談の好きなお人柄も、大好きでした。
 どうぞ安らかにお眠りください。ヴァルハラでチェスでもお楽しみください。地上で得ることがついぞ叶わなかった平安を、手に入れてください。また涙が出てきたよ……。
 揺れたのは宇宙だけじゃない。読者の心もだ。