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続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

グレッグ・イーガン『しあわせの理由』  ★★★★

しあわせの理由
しあわせの理由
グレッグ イーガン, Greg Egan, 山岸 真
 というわけで……あたしは死も踏みにじったし、母性も踏みにじった。ざまあみろだ。生け贄が必要だというなら、感情の奴隷監督であるそのふたつ以上にふさわしい犠牲者がいるだろうか? それに、そうすることはとてもやさしかった。論理があたしの強力な味方だ。クリスは死んでいない。あたしの知っていた肉体がどうなったのだろうと、あたしにはクリスを悼む理由はない。そして、あたしの子宮の中にいるのは子どもじゃない。(適切な愛)

 いまのぼくは、喜びを感じる人間の能力をドゥラーニが余すところなくぼくの頭の中につめこんだことに、なんの疑いももっていない。しかし、少しでも自分がその能力をもっていると認めることは、ぼくの感じているしあわせがぼくにとってなんの意味もないものだという事実を――かつて腫瘍にいやというほど思い知らされた以上に――うけいれることにほかならなかった。しあわせのない人生は耐えがたいが、ぼくにとってしあわせそのものは生きる目標とするに値しない。ぼくはなにがしあわせを感じさせるかを好きに選択できるし、その結果しあわせを感じている。だが、自力で新しい自分を生みだした場合、その結果しあわせになろうが、ほかのどんな気分になろうが、ぼくの選択とその結果のすべては、つねにまちがっている可能性があるのだ。(しあわせの理由)

 表題作がかなりよかった。でも解説にあるように、かなり理系っぽいので、文系人間の私は読んでいてわけがわからなくなったりもした。難しい。でも、小説に流れる思想は興味深かった。
 適切な愛:重傷をおった夫を再び蘇らせるには、新しい体が必要だ。その準備が整うまで、彼の脳を生かしておかなければならないが、その方法は自らの子宮に脳を宿らせるというものだった。
 闇の中へ:十年ほど前から、半径一キロほどの球体の「吸入口」が人間居住区域に現れるようになった。
 愛撫:地下室で発見された豹人間。名前はキャサリンという。
 道徳的ウイルス学者:ショウクロスは、不義をおかしている人間に神にかわって罰を与える為に、あるウイルスを作り出した。
 移相夢:
 チェルノブイリの聖母:運ぶ途中で盗まれたイコンを探し出してほしいとの依頼をうけた。そのイコンには特別なところはない。
 ボーダー・ガード:「いまの人間は、体にどんな危害がふりかかっても、感覚を切り離して、それを体験しないようにする力をもっている。肉体が損なわれたら、いつでも治療または交換が可能だ。その人の<宝石>が破壊されるという、ありえないできごとが起きた場合でも、だれもがいくつものバックアップをもっていて、それは複数の宇宙じゅうに分散されている」
 血をわけた姉妹:一覧双生児のポーラとわたし。わたしは遺伝子的な問題から癌になった。そしてまた、ポーラも……。
 しあわせの理由:十二歳の時、頭にできた腫瘍のせいで無気力症候群におちいった。手術をしても、回復せず、しあわせを感じられないままだった。