Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』  ★★★☆

フィッシュストーリー
フィッシュストーリー
伊坂 幸太郎

(略)「おい、おまえ、この子、どういう関係の娘さん?」などと問い質した。言葉に詰まり、狼狽する今村の様子を楽しんでいた。果たして何とお答えるのだろうか、と興味津々で、助け舟も出さず待っていると、今村はしばらくして、「どういう関係って、そりゃ、良好な関係だよ」と口から搾り出すように、答えた。(フィッシュストーリー)


 伊坂ずるいなあ。近頃彼の本を読むと思ってしまいます。好きなんだよ。伊坂らしい(洒落た、というのは抵抗があるのだけどいかがだろうか)台詞回しとか、そんなときのちょっぴりくどい地の文だとか、キャラクター造詣なんかが好きなんですよ。抗いようがない。
 本書は既刊本とのリンクを楽しむ短篇集だということで、伊坂ファンならニヤニヤしっぱなしなはずなのですが、私は得意の忘れっぷりを発揮して黒澤さんくらいしかわかりませんでした。いいんだ黒澤さんが好きだから。後からファンサイトさんを見て感心しました。伊坂さん好きだなあ。
 動物園のエンジン:大学の先輩である河原崎と夜の動物園に通う私。動物園職員で同級生の恩田が招き入れてくれたのだ。その動物園では二年ほどまえにシンリンオオカミが脱走し、二匹いたうちの一匹は戻ってこなかった。河原崎は妄想ともつかない推理を展開する。
 サクリファイス:黒澤はある男を捜して欲しいという依頼を受け、小暮村にきた。そこではかつてから「こもり様」という風習が行われていた。洞窟に生贄を捧げ、災いをさけるのだ。
 フィッシュストーリー:『僕の孤独が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛さに、鯨でさえ逃げ出すに違いない』という小説の一節を歌詞に引用したロックバンドがいた。
 ポテチ:空き巣の今村と同棲している大西。奇妙なきっかけで知り合ってから一年が過ぎたある日、二人はプロ野球選手・尾崎の家に忍び込んでいた。
 「動物園のエンジン」は全くリンクがわからずに、ただの短編として読みました。この舞台になった動物園はアヒル~や「透明ポーラーベア」と同じみたい。伊坂さんってミステリ作家としてデビューしたんだっけ、と思い出した。ちゃんと推理してるよ!笑
 黒澤さんが主人公の「サクリファイス」は苦め。これも推理してましたね。「だから?」ってのが「フィッシュストーリー」での台詞と繋がってきている。
 表題作「フィッシュストーリー」は『ラッシュライフ』的構造。異なる時間軸の話が一つに収斂していく。いい話だなあ。岡崎さんの台詞には涙しました。しょうがねえよ、の後にそう来るか。正義の味方ってのも伊坂さんらしいというか。
 「ポテチ」の方は『重力ピエロ』のように親子ネタでした。大西と今村のカップルが羨ましくてたまらん! 二人とも自由に楽しく生きているんだなあと。空き巣はいけないけど(笑)自殺をとめる今村とのやりとりが面白かったです。「もうどうでもいいや」って言う大西の顔が想像できた。最後はやっぱりって感じだけど救いがあるのはいいことです。再読するとポテチの場面でグッとくる。そんな状態だったら泣くよね。はじめはさっぱりわからなかったのに、今村がかわいくて仕方ない。

 

「でも、しょうがねえよ」岡崎さんが続けた。「おまえたちのバンド、俺、すげえ好きだったんだから」(フィッシュストーリー)

「生きてるの、つらいっす」
 大西はその言葉を聞きながら、一年前にビルの屋上から飛び降り自殺をしようとしていた自分のことを思い出した。あの時、「キリンに乗って行くぞ」と嘘をつき、自分を救いに来た今村の、あの力強さはどこへいったのか、と不思議に思う。
「そうか、つらいか」黒澤が言う、そこで、「みんな、つらいよ」と言わないところが偉いなと大西は思う。(ポテチ)