Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

若竹七海『火天風神』  ★★☆

火天風神
火天風神
若竹 七海

 台風だってひとの誇りを奪い取ることはできない。たくさんの命を取ることができても、文明の一部を切り取ることができても。台風もひとの暮らしも地球が生み出したもの。拮抗しあい、結果ひとは絶望し続けてきた。けれど、ひとは誇りだけは失わなかった。(中略)
 台風をひれ伏させることなど、どんなに科学が発達しても不可能だ。だからといって、ひとがただひれ伏す必要なんて、ない。


 久しぶりに読んだ若竹七海はパニック小説だった。これがまた、次々と酷い事態が登場人物を襲うんだ……気分としては奥田英郎『最悪』と同じ。最悪じゃー! と疲弊しながら読み進めていくのでありました。
 最大瞬間風速88メートル、未だかつて日本が経験したことのない大型台風が三浦半島を直撃した。電話も電気も不通、陸路も遮断され、孤立したリゾートマンション。猛る風と迸る雨は、心に台風のごとき空白を抱える滞在客を見境なく襲う。立て続けに訪れる極限の恐怖。そして炎までも、彼らを嘗め尽くす身じろぎを始めた――(裏表紙)
 登場人物は、「登校拒否の甥(聡)を連れたフリーライター(健二)、夫と喧嘩して家を飛び出してきた主婦(翔子)、聴力に障害を持つ少女(摩矢)、セールスマンと女子大生の不倫カップル(鉱作とたまき)、その証拠を掴むようセールスマンの妻から依頼された興信所の男(竹丸)、妻に先立たれた高校教師(若松)、大学の映画研究会のメンバーたち(涼太郎・武・優子など)」とか。解説に分かりやすく書いてあったので引用。人多いな!
 読書中はひたすら頑張っていた。人物描写はさすが若竹さんといいますか、一筋縄ではいかないやつらばっかり。抜き差しならない事態に巻き込まれた人間の本質部分を容赦なく描く。おそろしや。でも、それに立ち向かう彼らは本当に強い。解説に思いっきり同調しちゃったよ~。
 ラストは爽やかだったり、皮肉だったり、苦しかったり、登場人物によって様々で……ほんと容赦ないー! 明かされる苦い事実とか。おおお……疲れたけど面白かった。これからは台風情報に敏感になってしまいそう。

 

 聡の中でなにかが変わった。恐怖があざけりに、怯えが侮蔑にとって替った。なんだよ。なんだ。あいつはただの欲求不満の酔っ払いの色ボケおやじじゃねえか!


 いけー聡!! と応援していました。ぶっとばせー!笑

 若竹七海といえば、人間のエゴイズムを描かせれば随一と定評のある作家だ。私もそれに賛同するが、同時に、人間の勁さを描かせても巧い作家であることを忘れてはならないだろう。というか彼女は、善の裏にある悪、悪の下に隠された善といった人間の両義性を、意地悪と思えるくらい冷徹に観察し、それを繊細に綴ってゆくことに、ミステリとしてのプロットを練ることとほぼ同じくらいに情熱を燃やしているようなのだ。


 解説より。そういえば葉村晶も強かったな~と思いつつ読みました。ふむふむ。