Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

奥田英朗『サウスバウンド』  ★★★★☆

サウス・バウンド
サウス・バウンド
奥田 英朗
「ううん。世間なんて小さいの。世間は歴史も作らないし、人も救わない。正義でもないし、基準でもない。世間なんて戦わない人を慰めるだけのものよ」

「二郎。前にも言ったが、おとうさんを見習うな。おとうさんは少し極端だからな。けれど卑怯な大人にだけはなるな。立場で生きるような大人にはなるな」

 人間は、欲ばりじゃなければ法りつも武器もいらないと思います。これはただの理想かもしれませんが、島の人たちを見ていると、そんな気がします。

 読み終えたらアナーキストになってしまいそうな本。すごいパワフル。ほんとパワフル。こんなお父さんがいたら子供は逞しく育たざるを得ないんだろう。でも私はお母さんが素敵だと思います。お父さんが無茶やっててもしらっとして人にお茶出してたりね。
 小学校六年生になった長男の僕の名前は二郎。父の名前は一郎。誰が聞いても「変わってる」と言う。父が会社員だったことはない。物心ついたときからたいてい家にいる。父親とはそういうものだと思っていたら、小学生になって級友ができ、ほかの家はそうではないらしいことを知った。父はどうやら国が嫌いらしい。むかし、過激派とかいうのをやっていて、税金なんか払わない、無理して学校に行く必要などないとかよく言っている。家族でどこかの南の島に移住する計画を立てているようなのだが……。型破りな父に翻弄される家族を、少年の視点から描いた、長編大傑作。(Amazon
 一部と二部に分かれている。一部は、上原一家が中野に住んでいた頃の話。中野ブロードウェイとかが出てくる。間違いなく現代の話なのに、お父さんのとんでもない行動や言動のせいで、三十年くらい前の話なんじゃないかと錯覚してしまう。どことなく古い感じ。あんなお父さんがいたら、私も二郎みたいにいたたまれなくなること多数でしょうね。小学校高学年から中学生にかけてが一番、そういうの気にするから。ブルジョアプロレタリアート、日本においてはその中間なんじゃ、と思っていたんだけど実際どうなんだ。
 子供と大人の社会は完全に切り離されている。カツの横暴だって、強くない二郎たちには手の施しようがない。力がないから。上からのサポートもない。大人が何をしようと、無駄である。いじめのように。こういうの、なくならないのかな。それこそ南の島行かないとだめかな。最後、黒木が決着をつけるところは爽快!
 二部からは、南の島編。いきなり引越しを決め、少ない荷物で西表島へと渡る。姉は東京に残り、二郎と桃子の兄弟を待ち受けていたのは廃屋だった。島の人たちの優しさとおせっかいのおかげで何とか住めるまでになるんだけど、今度は土地問題が持ち上がる。一郎は二人を学校にやらないと言う。
 『最悪』もそうだったけど、次から次へとよくぞここまで……。上原家に平穏な日々なんてない。しかし、奥田さんうまい。割と厚めで、軽い気で読もうと思えないんだけど、読み始めると止まらない。ハプニングだらけで飽きさせないのだ。この家族一体どうなるの、顛末を見届けたくなる。
 ハプニングは二郎と上原家にとって簡単な問題じゃないんだけど、暗くならないのは沖縄の地のおかげだろうか。一部は苦しいなあ、と思ってたんだよね。でも二部になると、どれもこれも底抜けの明るさに満ちてる。一郎も働くし、さくらは生き生きとしているし、洋子もきれいになっていく。青い空、青い海、金の心配をする必要のない南の島……。