Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

荻原浩『明日の記憶』  ★★★☆

明日の記憶
明日の記憶
荻原 浩

 人の死は、心臓の停止した瞬間に訪れるのか、それとも脳が機能を失った時からなのか、その論争に関してはいろいろな話を聞かされてきたが、記憶の死はどうなのだろう。記憶の死だってイコール人の死ではないのか。

 怖かったのだ。記憶を失ってしまうのが。記憶の死は、肉体の死より具体的な恐怖だった。


 本屋大賞で惜しくも二位になった本書。有名だとばかり思ってたら、母には知らないと言われてしまった。まだ暫く予約待ちしてるんだろうな、と棚を見るとそこにはこれが。うっそ~! 驚いてすばやく抜き出した。
 読むのが本当に辛くてたまらなかった。これほど苦しい読書をしたのは久しぶりだ。私は佐伯自身・枝実子、そして娘の梨恵にも感情移入して読んでしまった。うちの父も今年で50歳。佐伯と同い年になる。私はまだまだ結婚や子供とは縁遠いが、それでもシンクロさせずにはいられない。父がこうなったら……。祖父は既に惚けてしまってるから、介護の大変さが少しはわかる。そして自分にはできないとも思う。ちなみに祖父はパーキンソン病という筋肉が萎縮していく病気で、これもまた遺伝性。父は俺が惚けたらさっさと殺してくれ、と言うし、私もそれに賛同しているのだが。
 広告代理店の営業部門に勤める佐伯は、最近物忘れが激しい。疲労やストレスのせいだろうか、と思いつつ備忘録をつけはじめるが、不眠、眩暈、倦怠感などが彼に襲い掛かる。鬱病かもしれないと、妻・枝実子とともに病院を訪れたところ、若年性アルツハイマーだとの告知をうける。
 アルツハイマーが死から逃れられない病気だなんて、知らなかった。余命も短い。短期記憶から忘れていき、最後には生きることすら忘れてしまうなんて……自分が罹ったら、絶望するしかないだろうな、私。遺伝することは知っていたけど、子供がいる状態だったら……。早いとこ特効薬ができてくれればいいのだけれど。あと五六年、と作中にはあったから、私の頃には大丈夫かな……。
 ついさっきあったことを、何年も通い続けている道を、大切な人の顔を忘れていく恐怖がどれほどのものか。味わってみなくてはわからないだろうな。佐伯が病気を受け入れるラストは心から切なかった。
 話は飛ぶが、私はネット上で日記サイト・ブログを読むのも好きなのだけど、先日見つけたさる恋愛日記ブログから日々愛のおすそ分けを頂いている。綴る人の文章力と人柄もあるだろうが、本当の愛って回りの人をも幸せにするのか、って思った。また本書の佐伯夫婦を見ていて、愛の力ってすごいなと思った。枝実子の最後の微笑みは、色々ふっきれることが出来たものなのかな。あそこまでお互いを思いやれるパートナーを見つけられる人は、そうそういないんじゃないかしら。
 良い関係を築いていた陶芸教室の先生の裏切りには世知辛さを感じたけど、決して良い関係とはいえなかった河村課長の励ましにはほろりとさせられた。 

 

 記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中に残っている。

 自分の病気も、もう恐れはしなかった。私自身が私を忘れても、まだ生命が残っている。


 最後まで自分の奥さんを愛している彼に乾杯。