Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

伊坂幸太郎『砂漠』  ★★★★☆

砂漠
砂漠
伊坂 幸太郎

「砂漠で雪を降らせてみなよ」と唆されて、立ち上がらない西嶋はすでに西嶋ではない、と知り合って間もない僕ですら思ったのだから、西嶋歴十八年以上の西嶋ならなおさらそう感じたはずで、だからなのか、すっくと立ち上がった。


 わー伊坂大好き! 筆舌に尽くしがたくいい本でしたー。評価が満点ではないのは、彼ならもっとやってくれると信じているからです。
 春:大学生になった鳥瞰型の北村は、飲み会でやませみみたいな髪の毛をした鳥井に出会う。鳥井の中学時代の同級生だった南、モデルのような容貌の東堂、遅刻してきたくせにマイクでいきなり演説をはじめてしまった西嶋。五人は麻雀を介して仲良くなる。
 夏:西嶋の入れ込んでいるプレジデントマンの住む家の情報が、ある人から鳥井の耳に入った。楽しそうだから張り込んでみようという鳥井に、面白そうだと思ってしまった北村たちも付き合うことに。
 秋:学祭で、超能力者VS学者、というイベントをやるらしい。学者は超能力を完全に否定し、超能力者は幼い頃の成功にすがっている。北村と西嶋は一泡ふかせてやろうとするが……。
 冬:いつかのホストたちの溜まり場を発見した五人は、またも張り込むことにする。一方西嶋は、今更になりあの人への思いを自覚、どうにかしようと奮闘。
 春:「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」
 一見ミステリじゃなくて、ずーっと普通の大学生の青春小説として読んでいましたが、まあ読んでびっくり。でも青春小説としてだけでも、素晴らしいと思う。伊坂の洒落た会話が鼻につく人がいるんだろうなーってちょっぴり想像できるけど、私はそんな会話が大好きでたまらない。絶妙な比喩、飛びぬけた変人、音楽への愛、環境問題、社会の憂い……。何を書けばいいのかわからなくなります。
 私はこれ読んで結局泣いたんだけど(どこで? と思われる方がいるだろうな)、伊坂さんは物語の内容で泣かせるっていうんじゃなくて、ふとした台詞や一文で泣かせる作家じゃないかな。その文章自体は変哲もないものなんだけど、挿入されてる場面が適切というか。勿論、他の作家だってそうなんだけど……それまでの過程があるから生きる文章、ある人物が洩らした意外な一言、そういうものが……。その一文前までは自分が泣くなんて思ってないの。突然に泣いちゃうの(笑)
 今回は特に大学生の話だったから。私も去年入学した一回生で、共通する場面が多くて。こういうことあるなとか、羨ましいとか、羨ましいとか。これから私がどんな大学生活を送っていくのか分からないけれど、彼らのようにはなれるわけないと思うと悔しいな。伊坂さんの書く人は常にちょっと普通じゃないよ(笑)あ、麻雀やってみたいなあ。マルドゥックにおいてのブラックジャックのように、確率論を駆使するゲームなんですかね。
 音楽、とりわけロックに全く精通していないので、恐らく精通している人よりも私は損しているんだろうけどそれでも十分。引用されてる本も読んだことないものばかりで、残念だけど新たに読書欲を掻きたてられるのでいいです。世界の現代情勢も気になってきたし。
 しつこいくらいに挿入されていたあの一文が、あんな風になって帰ってくるとは思ってもみなかった。小説でしかできないことを、これからもどんどんやっていってほしい。心から応援してる。
 西嶋=カンニング竹山のイメージで読んでたんだけど、他の人の感想やらを見るとサンボマスターのボーカルらしいですね。ライブの時の喋り方がそっくりだとか。へえええ! それでもカンニングのイメージは払拭できないぞ。何てもったいない(あの人が)。
 そんなことは、まるでない。ないわよねー。

 

 大学生活を季節ごとに追っている……これは一年生のお話、と著者の罠にすっぽりはまりつつ最後にびっくり。一年の春、二年の夏、三年の秋、四年の冬。そうだったのか! 時間的に違和感を感じていた部分がすっきり爽快。東堂が西嶋に告白するのに「時間がかかったね」とか、「よくそんな長い間好きな気持ちを維持できたね」とか。プレジデントマンが大統領に怒りを持ち続けていられたことにびっくり、とかね。
 南は四年ぶりに車を飛ばして、めでたしめでたし。

 僕はそんな鳥井の、「強がる、強さ」のようなものに感心してもいる。

 鳥井は、照れる南を愉快そうに眺め、最後に、それにしても、長谷川選手って来年はもう現役を引退するんじゃないのかな、とプロ野球選手の心配まで口にしたのだから、やはり偉い。


 それにしても鳥井かっこいー。南、男を見る目あるなあ。『グラスホッパー』の蝉に被るところがあるけど。