Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

姫野カオルコ『桃』  ★★★☆

桃

姫野 カオルコ

 男子がまだ字もろくに読めないころから、女子は、某姫がその美貌で経済力のある王子を射止める絵本を見聞きし、男子が怪獣カードを集めているころには、女子は、美貌はなくとも「ドジ」をキュートに演出する術で長身痩躯の男を射止める漫画を読み、男子が廊下でプロレスごっこをしているころになれば、女子はもう生理があるのだから、こうしたことについてのキャリアが男子とは比較にならない。(卒業写真)


 普段はあまり同じ作家の本を続けて読むということはしないのだけれど、『ツ、イ、ラ、ク』には生温い衝撃を受けていたので借りてみた。あの二人の今後も気になったし。「長編未読の人を読者と想定して書」いたらしいけれど、確かにこれだけで読んでもエロティシズムを味わうことはできるかもしれないけれど……いやいや。やっぱり長編を先に読んでからにしましょうや。『ツ、イ、ラ、ク』を読んだからこそわかる、漂う空気の濃さ。知ってるのと知らないのでは深みが断然違うだろうし、本書を何も知らずに読んだとしても、これは独立した短編集なのだろうか? って疑問を抱くと思う。黙って長編から読もう。
 卒業写真:安藤健二が部屋の片付けをしていたら、長命中学の卒業アルバムが出てきた。彼は自分のと、義姉・木内みなみの代である一つ下の年度のもの、合わせて二冊持っていた。
 高瀬舟、それから:隼子との約束の時間に間に合わなくなってしまった礼二郎。それだけでなく、同僚の梁瀬・榊原、生徒の安藤・そして隼子の付き合っている桐野と隼子本人も加えた六人で食事をすることになってしまった。
 汝、病めるときもすこやかなるときも:塔仁原と結婚した頼子。彼女は幼い頃、和尚に「いとこ同士で結婚すると劣った子が生まれる」と言われ、ずっと気にしていた。
 青痣(しみ):景子はJをいやな女だと思っていた。家庭教師のSと……(ごめんなさいあらすじ書けない)
 世帯主が煙草を減らそうと考えた夜:民生は官吏の養子になり、名を雪之丞とした。彼は結婚し、二人の娘をもうける。長命中学の教師である雪之丞は、少年と言う瞬間を愛でており……。
 桃:三十二歳になった自分へのプレゼントに桃を買った。桃を食べると昔にふれたものがみえる。
 長命中学校で起きたあの事件を、色んな目線から追っている。同じ時間を共有した者たちの短編集。相変わらず、隼子が主人公だと思われる話はエロいです。高瀬舟~は特に。でもその話が一番好き。
 ともに恋に落ちる、というのは本当になかなかないだろうから、Jが妬まれるのももっともかもね。
 気になる文章が多かったので、続きを読むに引用しておきます。 

 

「抱かれるんと違う。セックスするの。先生と対等やの」(高瀬舟、それから)

 あのころを埋める語がある。
 羞恥。
 羞恥への鈍感さ。
 羞恥に対する感覚が、後年とは比較にならないほど、鈍感だった。

 みなとくべつだった。
 微々たる差のなかでみな生き、微々たるゆえに、微々たるからこそ、それぞれがとくべつだった。
 すでにそうだったのに。わたしもまた。(青痣)

 うれしくてたのしいとことばに出してしまえば、今は壊れる。
 だからいやらしくならなければならない。いやらしいだけのおこないにしなければならない。でないと、壊れる。(桃)