Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

舞城王太郎『煙か土か食い物』  ★★★★☆

煙か土か食い物
煙か土か食い物

 深い憎しみの泥の底に埋もれてしまったかわいそうな愛を救い出してやったついでに馬鹿みたいに泣くこと。俺はこれが正しいやり方なのだと確信を持ってなりふりかまわず泣きに泣きに泣きまくったから周りにいた患者やクリニックのスタッフはぎょっとしたんじゃないかと思う。


 面白かったー! エンターテイメント!
 舞城は『阿修羅ガール』を第二部で放り出してしまったから一冊も読んだことはなかったんだけど、ずっと気になっていた作家。どうせならメフィスト賞をとったデビュー作から、と図書館で探すがなかなか見つからなくて一年くらい経ったのではなかろうか? 先日ノベルスを見つけて大喜び(ハードカバーもあったよな?)、手をつけたら一気に引き込まれ大きな衝撃を受けた。
 好き嫌いが激しい作品だろうが、私はとても好きだ。ひと段落が長く、句読点が極めて少なく、!・?の後にはスペースがなく、台詞だって改行しない。字がすっごくつまってる。文体かなりはじけてる。一見してげんなりする人も多いだろうが、読めば「圧倒的文圧」であれよあれよとのめりこんでしまう。だって面白いんだもん。(私にとっては、阿修羅と違って主人公が男だったってのも大きな要因かもね)
 語り手はアメリカサンディエゴで救命外科医をしている奈津川四郎。彼の元に母親が、連続主婦殴打生き埋め事件の被害者になったという吉報が届く。福井に帰り、四郎は犯人探しと復讐を心に決め、旧友を使いながら読者は置き去りで事件解決へと突っ走る。その合間に思い出す、二郎がいたころの奈津川家。というか主に二郎のこと。二郎は祖父が自殺した密室の三角蔵からいなくなってから、消息不明だが……。「血と暴力の神話が渦巻く壮絶な血族物語(ファミリー・サーガ)」。
 事件を読者が推理する暇なんて全くない。四郎はとても頭がいいから、襲われた主婦の規則性も現場に残された暗号もわかってしまう。ちょっといっちゃってるから犯人追い詰めてあんなことになっちゃったわけだが。
 頭が良いのは四郎に限ったことではなく、この奈津川家、祖父・父・一郎は政治家、二郎は恐るべき性格の持ち主でありながら記憶力はずばぬけている。三郎は器用に小説を書き、四郎はアメリカの医学部から外科医へ。すっげー。その上皆身長180以上、きっと顔もいい。問題も山積みだが。しかしこのファミリー・サーガ、大きな愛に包まれているぞ。
 読むならミステリというのを忘れて読まなくちゃだめだな。メフィスト賞だし。テーマは家族愛ですよ、ええ。

 

  二郎よかったよ生きてて……! この手のキャラはオタクをブチのめしてくれます。良い意味で。河路夏朗……! 結局マリックも野崎も彼が操ってたってことなのかな。天才ー。ニア・デス・エクスペリエンスをさせるために殴打、っていうのは納得できる動機とかそういう問題じゃない。
 中心に棺桶のあるうずまきグラフに「ママ助けて」点字ドラえもんの暗号。わっかんねーよなあ。文系の私にはグラフの式すら理解できなかったことよ。四郎頭良すぎ。どうして点字まで知ってるんだ。
「一郎!二郎!三郎!四郎!逃げろーっ!」という丸雄は確かに憎めない。三角蔵の屋根は回転して外に出られたわけで、大丸を殺したのは丸雄だったようだし、二郎を散々な目に合わせたり合わせられたりしたけど、彼なりに愛していたんだなあ。奈津川家には歪んだ愛情がはびこっていましたね。