Memoria de los Libros Preciosos

続きを読むとクリティカルなネタバレがあります

絲山秋子『袋小路の男』  ★★★

袋小路の男
袋小路の男
絲山 秋子

 そんなこと、口先だけで実際やってみたら大変よと言われるかもしれない、でもなぜだろう。口先だけでも親より抵抗がない。(袋小路の男)

 だけど、あの女は嘘つきだ。嘘つきというのは違うかな、都合の悪いことはみんな忘れてなんでも俺のせいにしてる。そりゃあ俺だって悪いところはあるけれど、あいつには自己憐憫を強化するために屁理屈をこしらえる癖があるんだ。(小田切孝の言い分)


 『逃亡くそたわけ』が直木賞の候補に上がった著者。勿論それは見つからなかったので、本書を試しに借りてみた。直木賞より芥川賞向き、という意見があったがどちらの賞もよく知らない私には判断がつきません。
 芥川賞といえば綿矢りさ金原ひとみしか思いつかないので、(私が好きな作風は少ないのだろうな、と)あまり期待せずに読んだのだが、意外によかった。短編が三つ入っていて、最初の二つは相互補完的、残りは完全に別の話。特に前者がよかった。このうだうだしたゴールのない二人! あああ身に覚えが……。
 袋小路の男:高校時代から憧れていた、袋小路に住む小田切孝。私と彼とは十二年間もつかず離れずで、微妙な距離を保っている。
 小田切孝の言い分:そばにいてくれとも、いてやるとも言ったことがない大谷日向子は、それでも……。
 アーリオ オーリオ:姪・松尾美由をどこかに連れて行くことになった哲は、プラネタリウムへと向かう。それから二人は文通を始めた。
 物事を完璧に客観的に見ることは不可能で、必ず主観の入り混じった歪んだ(というには語弊があるかもしれぬ)解釈をしてしまうんだろうな、って。いくつかの視点から捕らえられるようになりたいものだ。まあ、自分が受け取ったものが結局は真実になってしまうのかしら。事実は一つだけど、人の数だけ真実はあると言いますか……。わかったのは、異なる二つの視点を並べられると、圧倒的に後者に傾いてしまうということでした。順番が逆だったら、随分違う印象になりそう。

 

 私は文庫本を片手に番茶を飲みながら、あなたの目がさめるのを待っている。襲ったりはしない。せまったりはしない。あなたを袋小路の奥に追いつめるようなことは一切しない。
 静かな気持ちだ。(袋小路の男)

 俺だって待ちあわせには遅れずにちゃんと行ってるじゃないか。あいつは当たり前だと思ってるんだろうけど、俺が待ちあわせのとき、時間通りに行くのは大谷の時だけだぜ。(小田切孝の言い分)